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2016年6月

2016年6月30日 (木)

最晩年の阪神電車、5335~5340号

 いやぁ、すっかり忘れていました!阪神電車の5700系登場の陰でひっそり消えていった5331形のことを・・。ブログ用フォルダを見ていて忘れていたことに気づき、既に半年以上過ぎてしまっていますが、アップしました。(と言うわけで、前回の続きの市バス改正ネタは時期を逸しましたので、来年のこの時期までお待ちを~)

 さて本題。5700系がデビューしてから、代替廃車が何か?と、暫く回りでもワイワイやっていましたが、結局三菱チョッパ車の5331型、5335+5336=5339+5340の編成となりました。と言う話は皆さんご存知の事と思いますが、やはり何処の鉄道でも同じようにチョッパ関連の代替部品が揃わなくなってきた近年ではチョッパ車の置き換え、機器更新が盛んですね。阪神電車でもジェットはチョッパ車から落ちていく傾向で既に5143+5144号、5311~5314号が過去帳入りしています。(他に震災で5337+5338が消えています)この流れで今回も5331形が切られ、当該系列は残り1編成となっています。その5335~5340の最晩年の姿を少しだけですがご覧下さい。

Img_9884  2015年12月初旬の撮影で冬の日差しですので、影がハッキリ映ってしまう時期ゆえにイマイチ綺麗な写真が撮れませんでしたが、何とか陽の当たる場所を探し求めてこの日は動きました。こちら御影駅にてです。

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Img_9888  やはりこの部分を撮影してしまいますね。晩年は外幌装着で元運転台の様子が分かりにくくなっていましたが、丸妻面が名残です。また5336号のパンタ位置は先頭車時代から変わっていません。

Img_9892  その元運転台部分の室内の様子。綺麗に改造されており、昔の阪急電車や山陽電車のような仕切りがありませんので、素人目には改造跡が分からないですね。椅子のモケットが近年の仕様ですが、室内の壁の色は一頃の阪神のデフォのカラーです。

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Img_9895_2  特急待避の間に各車の銘板類を撮りました。最近では部品販売で入手も可能ですが、イベントで縁が無ければ(時期や金銭的に・・)手に入りませんので、現役時代に撮り溜めていくのも一つの方法かと・・・。

Img_9896  こちらドア廻り。丁度この頃からドア角の吸い込まれ防止注意喚起ステッカー(ドア両端の黄色いステッカー)が貼られましたが、この編成はこの後程なく廃車されていますので、非常に短期間の設置だったのでは無いでしょうか?

Img_9903  同日の武庫川です。御影から西宮までこの編成に乗車、西宮から急行で先回りして待ちました。武庫川線連絡通路の柵が少し邪魔になってこのアングルが精一杯です。昔はもう少し撮りやすかった印象がありますが・・・。

Img_9920  折り返しの福島-野田間のトンネル出口です。ここも陽が当たる部分の算段を勘違いしていて、結局こんな感じでしか撮れませんでした。電車そのものもそうですが、こういった事もやはり日頃からマメに押さえておかないといけませんね・・。

139864_2_2  最後に1987年撮影の5340号を。当然改造前で、特徴ある前パン、行先看板、ジャンパ栓受けなど「これでもか!」と言わんばかりのデティールが良い感じです。尚、後ろの2両は車体形状とパンタ位置から5001形と思われます。この当時はまだ4連固定化前なので、運用によってユニットの組み替えは毎日行われ、そのバラバラな編成は赤胴と共に当時の阪神電車の特徴でした。

2016年6月17日 (金)

あの系統が無くなって、30年余り・・・('85年6月改正時の話題、急行9等・・・)

 昨年の今頃、地下鉄延伸絡みの市バス路線再編ネタが間に合わず、来年に…等と言った覚えがあります。今年も6月に入ったあたりにボチボチ準備せにゃならんなぁ…と思い、昨日あたりからスキャン済みのネガをゴソゴソしていました。でもって、改正で消えた系統の日付けを確認すると6/17。しまった今日では無いか~!と言うことで、慌てて打ち込みを始めた次第です。

 その地下鉄延伸は'85年6月18日であり、今回は西方面は学園都市、東方面は新神戸と、新長田以東の山手線(やまてせん)は全線開通となりました。そのため、市内を走る系統のうち重複するものを中心に統廃合となったものです。今回はその中から馴染みの消えた系統を中心にお届けします。

◎急行9系統

 この改正でこの系統は外せないでしょう!歴史ある急行9系統が無くなった改正でもあるのですから…。1940年代後半に運行開始のことで、三宮~須磨方面を結んでいました。近年の姿になったのは'77年3月の地下鉄開通後で、三宮貿易センター前~新長田駅となり、以後廃止までそのままでした。これ以上の路線蘊蓄をしてしまうと、限られたスペースではなかなか厳しいので、年史をお持ちの方はお時間のある時にでもご覧になって下さい。と言うことで、例によって画像中心にお届けします。

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045586  上が三宮行、下が新長田行です。余談ながら上は旧・長田区役所前停留所ですがこの周辺はあの震災で大変な状態となり、復興後に大きく変わり画像の景色はもうありません。上下とも懐かしいBU04ですが、受け持ちは布引(現・中央)と須磨(現・廃止)でした。経路は三宮からですと、市役所方面から直進で加納町交差点を左折、山手幹線をほぼそのまま長田まで行き、長田交差点から右折する「(長田区役所回り)」とそのまま南下、国道を右折する「(東尻池回り)」の双方向に分かれ、新長田駅をループするようになっていました。通常新長田駅では入れ替え制ではなく引き続き乗車も出来、そのまま再び三宮へ向かっていました。

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Img_3351_2  通常運行用の側面幕です。窓一個潰して表示出来るのですから、やはりこれくらいのボリュームは欲しいですね。この時代の幕は何かと好みです~。

 

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082426_2  また入庫用枝系統として、須磨受け持ち便にはそれぞれの「新長田駅(止り)」が設定されていました。上が区役所回り、下が尻池回りの駅止めですが、下のように従来型前面幕、更には中ドア車の場合の側面幕はかなりせせこましい表示でした。私のような幕マニアには楽しい表示ですが、利用者には分かり難かったのでは無いでしょうか?(^^)

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Img_3350_2  こちら布引用の途中止り幕です。実際の運用がどうだったか覚えがありませんが、長田交差点の手前、五番町(現・地下鉄長田駅前)で終点となり回送だったのでしょう。

045564_2  これはまだ増築前の市役所をバックに南進する急行9の217号です。市役所も震災で姿を大きく変えてしまいました…。横のX30系マークⅡバンも敢えて入れてみました。(^^)

080672 私にとっても大変思いで深いこの急行9も31年前の今日を最後に消え去っていきました…。

 ◎急行10系統と86系統

 こちらも「急行」を冠していた数少ない系統で、市電時代からの和田車庫(吉田町)を中心に東方面を三宮までが急行10、西方面が板宿(いたやど)までの86でした。地下鉄延伸後は両者を統合、新10系統として今では考えられない「三宮~吉田町~板宿」とかなりの長距離系統となっています。急行10は松原受け持ち、86は松原と須磨が受け持ちでしたが、一時期石屋川車庫が改築中の折りに、和田車庫に臨時詰所を置いた関係でこの頃の石屋川の車も両系統の幕は持っていました。

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067958_2  こちら上が吉田町行きで、下は三宮行きです。吉田町は系統上吉田町までなのですが、「(止り)」付き表示でした。かつて五位ノ池まであった関係で誤乗防止の意味もあったのでしょうか…。上の画像も懐かしい三宮の雰囲気です。

072108  須磨持ちの86系統です。板宿側終点は、山陽電車が横切っており、その先は一方通行でしたので、8系統などと共に豪快に路上転回でした。その様子は残念ながら撮影しないまま終わりました。10も86も枝も含めて幕のバリエーションはあるのですが、スペースの都合でまたの機会に…。

◎20系統

 今では20番台は西神(せいしん)地区のイメージが強いですが、当初の20系統は市街地系統でした。これも吉田町を起点に新開地(しんかいち)~湊川公園~平野で、湊川から平野は一方ループでした。この20系統は従来からの7系統に組み込まれ消滅しました。その後に登場する西神地区の20系統とは縁もゆかりもありません。

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071760  この頃ループ系統の側面幕は前述の急行9等と共に1枚に格好良くデザインされていたと思います。

◎21系統

 こちら純粋?な西神系統で地下鉄開通後、暫くの間当時の終点である名谷(みょうだに)~一般車通行不可の造成地を通り抜け西神団地を結んでいたモノですが、地下鉄延伸に伴い、新しい終点である学園都市までに短絡されました。

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072103  当時須磨ニュータウン在住の私は名谷駅で玉津車庫の日野がよく見れるようになって通ったモノです。画像はどちらも松原からの転属車で前面幕が一体化されています。下は地下鉄横の道路で、まだまだ造成中のトコロを通過する21系統です。地下鉄延伸前ではこの周辺で途中下車の出来る交通機関もなく、チャリンコをエッチラオッチラこいで、撮影場所に向かった覚えがあります。21系統もこの後、変遷を重ねて最後は短くなり、系統番号も変わり消滅しました。今の21系統も西神地区の路線ですがこの時の21系統とは直接的に関連はありません。

072102  上の西工53MCの21系統を撮影したと同じ日に撮った、延伸線を試運転する地下鉄車両です。まだ5両編成で、先頭車のアンテナも現行とは形状が異なっています。

 と言うわけで、何とか日付が変わる前にアップ出来ました。次回は延伸後の様子を考えていますが、さすがに明日18日にアップは無理ですので後日に…。

2016年6月 8日 (水)

山陽バス6000系登場!(いえいえ、バスの新車ですよ~)

 山陽バスに新車が登場しています。既に公式ページなどで、ご覧になられた方も多いかと思いますが、ここは地元と平日休みの強み、で早速出動してきました。とは申せ、運用も知るはずもなく、取り敢えず舞子線に賭けてみることとし、学園都市駅へ。

Img_3329_2  まずは同期納車の5652A号。今回もエアロスターで、この新顔もすっかり山陽カラーが馴染んできたように思います。やはり新車はピカピカで道路の灰色具合とうまく調和?してしまい、画像もうまく色合いが出ず、最初の数枚は黄色が飛んでしまいそうな感じでした。(写真の腕も無いのですけどね)これはちょっと露出触って撮り直したものです。今回は5650A~5652Aの3両が入ったそうですが、私の行動した範囲、時間では5651Aは見ることが出来ませんでした。型式は・・見た目でMP38FK辺りかと・・。

 さて、お目当ての特別塗装車がこの後中々来ない・・・。諦めて舞子駅へ移動しようとした時に現れてくれ、ホットしました。

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Img_3342_2  とまぁ、各方向で色々撮りあさっています。電車の6000系を模したもので、ナンバーも希望で「60-00」!山陽バスもなかなかやってくれますね。このあと、折角なので乗車して舞子駅へ・・・。

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Img_3364_2  新車のにおい?を堪能して駅でバスを見送るとうまい具合に屋根が観察できる位置に停車しました。これは模型をやっている身としてはありがたい!と言うことで資料用に俯瞰気味な写真も!こういった写真もいつかきっと役に立つと思います。

Img_2639_2  でもって、元デザインの本家6000系を貼って今回のレポートは終わりにしたいと思います。(^^)

2016年6月 1日 (水)

教習シーズン?

 今年も早や6月に入りましたね。今日は休みだったので、カメラ片手に近所をブラブラ…。特に当ても無かったのですが、家族でドライブがてら走行中に神姫バスの教習車と遭遇。助手席だったので、すかさずパシャ!4770号でしたが、やはりこのカラーで白ナンバーは違和感があります。かつて、教習車は車体に「教 習」と大書きしていたものですが、最近はそれも消えたようですね。加えて、かつてはどうみても旧い経年車を使用していたのですが、モデルチェンジの頻度が少なくなった昨今では、年式は兎も角まだ新しく見える車が教習落ちとなって、こちらも違和感があります。

Img_3060 その後久し振りに地下鉄の写真も撮りに出掛けましたら、こちらでも走っていました。個人的に地下鉄は開業時から馴染みがある1000系がことのほか好みですので、この教習看板も1000系で良かったです。(笑)

Img_3084  他にも検査上がりの1103~がやって来てかろうじてピカピカの状態で取れました。うまい具合に離合してくれたのですが、タイミングを一寸失敗してしまい、綺麗な並びにはならずでした。

Img_3077  1000系、やっぱり格好良いです!いつかは自分で模型化したい電車ですね。(って、前も言っていますが…笑)