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明石市バス Feed

2016年3月30日 (水)

明石にて新車三昧(神姫バス・山陽電車)

 神姫バスの今年の新車も大量に入ったようで、ファンの皆さんは精力的に活動されているようですね。私も先週は新三田方面、今週は地元と漸く押さえ始めました。そんななか、久し振りに明石へぶらりと出掛けたので、その様子を…。

Img_2341  先ずは先頃リニューアルされた商業施設「ピオレ」の東側北手の入口。駅前に賑わいが戻ってきたようで、開店の10時以降は結構な人手でした。昼ご飯時のレストランは何処のお店も長蛇の列でした。

Img_2254  こちら、駅南側の様子。従前からあるタクシーロータリー浜手に巨大なビルが姿を現しています。このロータリーも変わっていくのでしょうか…。

 さて、駅前の定番お立ち台等で話題の新車を数台押さえました。

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Img_2264_2  上から6281(明)、6290(社)、6289号(三)です。今回は広範囲の営業所で大量新車の模様で暫くは追っかけが大変になりそうです。私はまだ全貌は掴めていませんが、明石にいるのに、三木・社といった営業所の車が目立っていた気がします。今回の車はサッシがブラックアウトされていますね。結構似合っていると思います。

 その後山陽電車へ足を向け、久し振りに明石駅で撮影を…。

Img_2282  また試運転が始まったようですね。今回は6001号がやってきまして、前回(大塩界隈での試運転時)とは違う編成で、個人的にはラッキーでした。明石の入場、出発を一通り撮影して後続の普通車で前から一度カメラを構えたかった西舞子へ向かうことにしました。やった来た普通車はなんとあの3000号の編成でした…。

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Img_2294_2  西舞子で3000号を見送り暫くここで待機してみることにし、何本か上下列車をやり過ごした後に帰ってきました。

Img_2300_2  ここはJR線も併走しているので、迫力あるシーンが望めます。今回ももう少しタイミングが良ければ各車の頭が入る…トコロですが運任せですね。(笑)それでも画像内に4列車収まっています。

Img_2302  薄曇りがかえって好都合でした。若干の補正を掛けて、下り方6101号も無事撮影成功。

Img_2304  中間車6301号です…が、ありゃパンタ切れちゃった…。残念(笑) 撮影後、後続の普通車で再び明石へ戻り、また駅前で暫しバスを狙いました。

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Img_2337_2  いやぁ、こんな並びもあるのですね。神姫バスの元明石市営特別塗装7071と5089号(後)の発車待ちに遭遇、これは撮り!でしょう。実はこれを撮る少し前、この2台が併走で西側からやって来て、珍しいコラボやなぁ~と思っていたのですが、数分後反転し来ててこの並びに!明石市営バスが居た時代を彷彿させます。またこの2台が出たあとに程なく山陽バスへ行った、海峡塗装車もやって来たのです。実に惜しかった!(定期ダイヤでいつも見れる姿なら失礼!私はそこまで知らないので…笑)

 と言うわけで、明石で新車三昧だった1日でした。(笑)

2015年12月 9日 (水)

和歌山へ行って来ました~。(大十オレンジバス&紀州鉄道の旅)1

 先般いつもお世話になっている、odori-ko様から「近々紀州鉄道のキテツ(元北条鉄道レールバス)が予備車になるらしく、元明石市営の大十バスと絡めて和歌山へ行きたいのだが、件のバスが平日限定で…」というお話を頂き、平日が公休の私は「休み合わせて頂ければご一緒しますよ!」とお返事したところ、「一人より二人の方が楽しいですね」と言うことで目出度く小旅行ツアーが完成しました。

 神戸から和歌山ですので、さすがに一寸そこまで~とは行かず、計画開始が11月前半で、当初青春18きっぷ使用を目論んでいましたが、青春18の使用開始可能日と私の公休日、更にキテツの運用が12月中…と言う兼ね合いから、自由度も効く自家用車で11月中に実行…となりました。     

 ところが私の愛車クラウンコンフォートはLPG。航続距離では今回のツアーでも一応満タンでも往復は可能なのですが、お目当ての大十バスが和歌山市内で見れなかった場合、車庫近辺まで行かねばならず、予定以上の距離が掛かるのと、時間との関係で近辺に直ぐLPGスタンドが見あたらない場合等、少々のリスクを背負う形となるので、万が一の場合に備えて今回はodori-ko様の愛車でお願いすることになりました。

Img_0475  いきなり関係無い写真…で恐縮ですが湾岸線走行中に、岡山から登録変更されたばかりの神姫バス空港線用セレガが追い抜いて!行ったので、思わず撮影。ホントは前から撮りたかったですが、乗車中ではこれでも良い写真が撮れた方かと思います。(笑:ドライバーはodori-ko様)

 さて、計画上南海/JR和歌山市駅10:05発の大十バスに元明石市営車が入っていれば、そのまま乗車して登山口終点まで…としており、ゆえに神戸を7:00過ぎに出たわけですが、特に渋滞もなく、9:40頃には市駅周辺に到着しました。只、利用高速道路上にPAが一ヶ所しかなく、出発後かなりの間、トイレ休憩が無かったのは少々辛かったのでした…。(笑)

 車を駐車場に入れてから乗車まで良い感じの間合いがありましたので、行き来するバスを眺めていましたが、いやぁ、和歌山のバスをご存知の方は何を今更~ですが、未だ90年代前半くらいの旧車がバンバン走る様子は驚きと嬉しさが混じる何とも言えない不思議な光景でもありました。

Img_0482 13281 その流れで和歌山バスの駐機場を眺めますと…いました、いました、132号。これが今回の目的の一つ、元明石市営車です。この時間にいると言うことは、件の時刻にやってくるのは間違いないので二人とも一安心です。因みにここで気が付きましたがこの車、希望ナンバー取得だったのですね。

Img_0485 時間少し前に乗り場にやってくる様子です。この後我々しかいない、バス停に到着、怪しい?(笑)二人を乗せてバスは出発しました…。既に上にodori-ko様ご提供の画像を載せていますが、私はかねてからこの車の明石市時代の車番が知りたかったのですが、今般現車確認で元1328号というのが分かりました。同期3両のウチ取り敢えず1両出自が分かってこちらも一安心です。(笑)車内は座席など概ね変わっていませんでしたが、京阪神近辺のバスの特徴である窓の「ローラー式カーテン」が撤去、普通の「横引きカーテン」に取り替えられているのが眼に付きました。他、当たり前ながらワンマン機器も変更されていた模様です。

Img_0486  乗車後JR海南駅辺りまでは、普通の郊外路線バスと言った感じですが、旧野上電鉄跡周辺に入ってからは狭い道路で離合も大型同士はかなり厳しい…といった感じで乗車をタップリ堪能出来ました。画像は終点間近の様子です。Img_0490

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13282 約5分遅れで登山口に到着、野上時代を知らないので比較できないのですが、集落は一部建物や施設を除いて昔からの佇まいの様な感じがしました。(こちらもodori-ko様ご提供、明石市時代の同じバックスタイルもお楽しみ下さい:笑)

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Nokami822  こちらの3枚の画像は今回のお話用に大先輩のR・T様よりご提供頂いた、'79年当時の野上電鉄登山口駅とバスです。停まる電車は広告電車化されていますが、旧阪神の24号で現車は今も阪神電鉄で保存されているのは有名なお話ですね。この昔のローカル私鉄然とした雰囲気、たまりませんねぇ~。(笑)バスの方はB620系辺りと思われます。色合いも良く似合っていますね。

Img_0493  さて登山口での滞在も束の間…、実は乗り継ぎ時刻があまり無い上に、遅延到着していたので、次の連絡の兼ね合いもあり、そそくさと画像のローザに乗り込みます。ドライバー氏は「折角やから、車庫の観光バス撮っていけば?」と言って下さりましたが、時間がないのでやむを得ず「またの機会に…」という返事しか出来ず残念です。周辺を散策できないまま再び来た路線をローザで戻り、海南駅へ向かいました。乗客は我々含め3名。途中で1人降りて貸切に…先ほどのドライバー氏も「なっ、日中は大型いらんやろ(笑)」と…。

 またodori-ko様から旧野上の軌道跡が車窓右や左に見えてくる旨教えて頂き、暫し嘗てを想像しながら見ていました。この後ほぼ定刻に海南駅に到着。計画上の列車まで少しばかり時間があり、時は丁度お昼。我々も食材を…と見渡しますが、悲しいかなコンビニ一つありません。少し歩いたところにパン屋さんが見つかったので、カワイらしい店員がいたこともあり、ここで求めることに。(笑)無事食材も入手し、再び駅へ向かうとなんと見覚えのあるバスが…

Img_0499  そう、元阪神バスでした。光線とロータリーの乗り入れ方向の関係でこんなアングルしか撮れませんでしたが、ひとまず「前後ドア」が分かるように撮りました。この後、JRに乗車し、キテツの待つ御坊駅と向かいましたが、この続きはまた今度(決して次回…とは言いません、いえ言えません~笑)

 ではまた!

2015年7月 5日 (日)

明石市営バスがやってきた!(明石市営復刻カラー登場)

 既に色々なサイトやブログ様、SNS等で話題沸騰中の山陽バス5420A号の「明石市営復刻カラー」ですが、私もようやく撮影できましたのでひとまずアップしました。

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13302377  画像は明石市時代の姿、1330号。2010年9月、神陵台付近にて、です。この車、企業は変われど長い間ラッピングを纏っており、私は残念ながらそのオリジナルの時代は撮影出来ていません。いつもお世話になっている、odori-ko様の研究では新製後一年ほど経ってからラッピング姿となり、企業が変わる際に一旦解除→程なく新企業のラッピングとなっていた模様です。最後は画像にあるデザインで2009年秋以降に施工され、そのまま山陽バスへ移籍、同社でもラッピング部分はそのままの様でした。

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Img_5335  こちらは山陽バス移籍後の姿です。当然、顔は塗り替えられていますが、他にも屋根のクーラー機器とベンチレータも黄色になっています。しかしながら、ラッピング部分は光線具合でも分かったように、明石市営カラーが隠されていました。(笑)

 そして今般、契約が切れたのかラッピングが解除されて…。

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Img_9427_2  いやぁ、なんとビックリ!明石市営バスが帰ってきました。(笑)勿論、車体表記類は山陽バスですが誰が見ても塗装は明石市営ですね。odori-ko様の研究から約6年ぶりにオリジナルカラーが現れたことになるそうです。こういった粋なはからいは嬉しい限りですね。只、一点残念なところはHP等によりますと車載搭載機器の関係から「明石市内系統」には運用できないことから明石駅前でその姿を見ることが出来ませんがこればかりは致し方ありません。

 しかし、忘れてはいませんか?朝霧駅や明舞センター近辺の西側道路は明石市だということを…。私も次の機会は朝霧駅周辺で狙ってみたいところです。ついでに時計カラーや大橋カラーなどの元明石市特別塗装車と並んだり、離合してくれればもういうことはありません!と、そんな妄想はさておき、取り敢えず「朝霧駅」表示で撮れた画像を貼って今回は終わりにしたいと思います。

Img_9435  山陽バス5420A号、’04年式、KL-UA452KAN(改)-西工:元明石市1330号。

 いつまでこの姿で走ってくれるのでしょうね…。ではまた!

2015年6月12日 (金)

時の記念日と天文科学館と時計デザインのバス達(少し昔の明石市営バス4)

 さて、少し日にちは過ぎてしましまいましたが、6月10日といえば昨今では「路面電車の日」でもあるそうで、私は恥ずかしながら乗り物趣味をやっているわりには最近まで知りませんでしたが、一般的には「時の記念日」でしょうね。 というわけで今回は少しばかり強引に?バスと引っ掛けた話題を取り上げてみたい思います。  

 我が兵庫県はご存知、日本標準時子午線(東経135度線)が貫いており、中でも明石市が有名ですがその子午線上に「市立天文科学館」がデン!と構えています。  

Img_3299  この天文科学館、海へ向いて大きな塔に特徴ある大時計が設置されているので、JRや山陽電車からもよく見え、ご存知の方も多いでしょう。山陽電車では明石駅の一つ東手の人丸前駅が丁度天文科学館の目の前で、と言うことは子午線もそのホーム上を通過しており、東経135度の表示がホームにもあります。画像はその天文科学館少し東の黒橋付近を行く旧明石市営バス1462号(04年式、KL-UA452KAN)です。この車種でこの場所は今回話題の伏線となります…。(笑)

 私は神戸市民ですが、幼少期はお隣明石市が目と鼻の先の地域に居住していた関係もあり、天文科学館と言えば馴染みは深い施設で学校の遠足だけに留まらず、家族でのお出掛けなどで何度も足を運んでいます。しかしながら震災以降、施設そのものには殆ど立ち寄っていないので、シゴセンジャーの活躍する最近の同館の状況は語れませんが、往時の館内は少しだけ覚えています。プラネタリウム室もそうですが体験室みたいな部屋にあった、確か「ケプラーの法則」を説明する巨大なすり鉢状の模型…。操作ボタンを押すと、惑星に見立てた球が数個回り出して、互いの距離を縮めることなく回転しながら、下の方へ落ちていくモノ。何回も飽きずに見ていた覚えがあります。他、明石市の簡単なジオラマがあって、1日の太陽の動きが分かるようになっていたモノなど。これも動く模型でずっと眺めていたように思います…。この天文科学館、特徴的な建物で、ゼヒとも紙工作でも作ってみたかった思いもありました。東京タワーなどのように、この施設も置物や模型が当時の売店に並んでいたのか記憶にありませんが、あれば多分買っていたと思います。(笑)それが、数年前に可愛いペーパークラフトチックな配布物で実現し、早速市役所にもらいに行ったのが次の画像。

Img_9045  毎年だったと思いますが「時の記念日」に因んで子午線通過記念証なるものが発行され、年毎に趣向の凝らしたモノが市役所などの施設で配布されていましたが、この年はご覧のような作品で、私のようなリアル系模型好きにはたまらない一品でした。新聞で見て直ぐに赴いたもののラスト2ヶ!で何とか間に合って良かった~、という代物で帰宅後早速組み立てました。

Img_9044  で、以前発売された京商のミニカーを手前に置いてみました。回りにジオラマが欲しくなってしまいますね~。

 で、ここからがバスの話題…。かつて明石市営バスにはこの天文科学館の大時計をデザインした特別塗装車が存在していました。

Img_0094  先の1462号と同期の1464号で、同期5両中この車だけが特別塗装車でした。車体ドア付近、後部、非常口側にそれぞれ時計文字盤がデザインされており、また屋根にも子午線をイメージした赤のラインが車体中央を走り、「135°E」の文字も見えます。導入当初は路線/貸切兼用車でしたが晩年は貸切廃止により路線専用になっています。

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Img_2461  翌05年式でも2両特別塗装車が増備され、今度は一見エルガですが日野ブルリⅡとなりました。1611・12号でKL-KV280L1(改)です。私は一時期、明石市営の追っかけを休止しており、これらも見掛けてはいましたが、新車時に撮影は出来ておらず、いずれも最晩年の撮影です。ゆえに色調も褪せており、特に車体裾部の何とも言えない色は新車時は鮮やかな緑系統だったそうです。また明石市営が移譲で消える…となってからはこの時計デザインと天文科学館を何とか絡めて撮影したい!と日々機会ある毎にチャレンジしていましたが、如何せん明石市は最後まで担当者制ゆえ、運用も読めず(だからこそ、絡めた写真も撮れる機会があるのですが…)結局、果たすことが出来ませんでした。そうして、この3両も神姫バスとなり…。

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Img_5105_2  この項画像上は明石市廃止翌日の車庫にてで、全車前日までにナンバーが切られたものの、時計デザイン車が3両うまい具合にアングル内に収めることが出来ました。次の3枚は上からそれぞれ神姫移譲後に新ナンバーを付けた、元1464号で神姫では5089号、同じく1611・1612号で神姫7070・7071号となりましたが、明石市からの申し入れだったかで特別塗装車は基本、塗装変更はありませんでした。と言うことで、神姫バスになってからも幸い塗装変更が無かったので今のうちなら例の場所でこれらのバスと絡めた写真が撮れるのですが、これがまたなかなか機会がありません。

そこで、スペシャルゲストとして、いつもお世話になっている、odori-ko様が撮影された「ベストショット!」をお見せしましょう!

Dscf7116 odori-ko様もずっとこの瞬間を狙っておられたそうで、何回も通われたそうですが、撮影当日は腕が震えながら、このカットしか撮れず…それでも思いでの一枚だそうです。う~ん、良い写真です。羨ましい限り!私も頑張らないと…。

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Img_5253  最後にもう一つの「時計デザイン」をご紹介して終わりにしたいと思いますが、これは明石市最後の新車である05年式、PJ-KV234L1で同期7両中3両が特別塗装でこの1793号は愛称自体は「とんぼ」でしたが、時計の文字盤が象徴でした。この車についてのエピソードもあるのですが、それはまた次の機会に…。あっそうそう神姫では顔だけ塗り替え、(勿論明石市関連の表記は剥がしています)7072号として登場しています。

2015年2月 3日 (火)

あれから20年…。その2-1(代替バスJR編:少し昔の明石市営バス3)

 代替バスの写真をゴソゴソしていますと、明石市営バスも出てきましたのでひとまずアップします。

 同市営は山陽電鉄の代替バスでも活躍しており、文献の写真から路線バスを使用していた模様ですが、こちらの方は残念ながら当時撮影していないまま終わりました…。JR代替バスでは私の確認できている限りでは今回ご紹介する貸切車を使用していました。

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Akashi931  画像は上からNo3(神戸22か26-41、’82年式:K-RU638AA)、No4(同29-19、’83年式:K-MS615S)、三代目?No1(同50-88、’92年式:U-RU2FTA)となります。明石市の貸切車は地味な存在ながら、個性的な車が多く特に他ユーザーも含め圧倒的にふそうが多かった兵庫の貸切車では珍しく日野や日産デが存在していました。

 恐らく当時在籍していた貸切車は殆どこの代替輸送に廻されていたと思いますが、この3両の写真が今回出てきました。No3とNo1は日野純正車体ですが、No4は西工C-1車体です。メッキグリルが決まっていますね。それにしても貸切車なのに、整理番号が「4」というのは大胆だと当時思いました。余談ですがNo5は同じ西工C-1ですが、日産デRA52Tでした。

 尚、この当時は路線車同様クリーム/朱帯でしたが、No1のセレガのみ晩年は貸切車専用塗装135°カラーに変更されました。(他の2両はそれ以前に廃車)この135°カラーはその後路線車の1791、1792号に施され、山陽バスに移籍した現在でも事業者表記等の変更はありますがそのままの姿を纏っています。

 今回は予定を少し変更してお送りしました。

2014年11月26日 (水)

あるラッピングバスの話…(明石市営バス→神姫バス)

 「選タクシー」ミニカー、着々と?進んでいますが、塗装修正やら乾燥やらでもう少し時間が掛かりそうです。その時間待ちを利用して、ネタを1本…。  

 …明石市営バスが無くなって早2年以上…。山陽や神姫に移籍した車の中にはラッピングが解除されないままの仲間もいましたね。今回はこの車にスポットを当ててみました。

Img_3799  上は明石市営の1331号(’04年式、日産デ:KL-UA452NAN(改)=西工)です。この車は画像のように、人材派遣会社のラッピングでした。色合いから明石市カラーにも似合っていた気がします。撮影は移譲が近くなってきた’12年1月末です。

Img_5042  約半年後、旧明石市営の車が次々と移譲先の姿となって出場してきました。当時、私は山陽や明石・西神エリアの車は比較的早く撮影をしましたが、姫路・加古川エリア(特に特定輸送関係)はなかなか行く機会に恵まれず、撮影がゆっくり出来たのは更に半年~1年近く後になりました。画像は1331号の移譲後の姿で神姫では5088号となりました。広告掲載期間の兼ね合いか、顔とリアバンパーが神姫カラーになっただけであとはそのままの様でした。

Img_5080  それが証拠に、非公式側のエンジンルーバー部分に明石市営時代のクリームとブルーの帯が残っており、更に屋上のクーラー機器も明石市ブルーのままです。ラッピング剥がすと、きっと明石市カラーが出てきたのでしょうね。さて、この神姫5088号、最近になってラッピングが解除されたそうですが、神姫カラーを撮影したいモノの、その後予備車となっているようでなかなかお目に掛かることが出来ません。どうも神姫バスでは日デは敬遠されているのか、他の車も含めて日デは予備車扱いが多いみたいですね。

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Img_4229 そして、最近私が気が付いた同じ派遣会社のラッピングを巻いた5887号('12年式、LKG-MP35FM=MBM)です。デザインが変わり、ブルーの部分が増えていますね。さすがにクーラー機器は神姫オレンジですが、同じデンソーなのでここもスカイブルーに塗ってもらえれば…。(笑) 余談ですがこの車、明石市移譲時の大量新車グループで、その辺りも何かの縁を感じます。先の5088号が予備落ちになることから、定期使用車にラッピングを代えたのでしょうか?

Img_3445  最後に、こちらが本家の送迎車です。偶然見掛けたので、「これは!」と思い撮影しました。コースターかリエッセⅡか分かりませんが、'05年の灯火器保安基準対応前の車両のようで、バスラマ誌の写真や記事からの感じですが、KK-HDB50系かPB-XZB50系辺りの型式でしょうか?マイクロ系は今ひとつで、専門誌見てもよく分かりません…。

2014年11月 9日 (日)

少し昔の明石市営バス2

 今回は私が幼少の頃に撮影したもので、「ブレブレ、ピンボケ」でお恥ずかしい限りですが、今となっては貴重な1枚と思いますのでご紹介したいと思います。

547649_2  撮影は恐らく’77年頃で、親のカメラ(ネガがハーフサイズで今のコンパクトカメラのようなものです)を借りて、神戸まつりの花バス撮影に赴いた際のモノです。花バスを取り終えた後、不意に聞こえたエンジン音に慌ててカメラを向けたので、こんな状態です…。(尤も件の花バスもお子様撮影レベルですので、似たような出来ですが…)

 車は「神戸2き65-47(547号)、’68年式ふそうMR470、呉羽車体」です。明石市営バス初期のワンマンカーで後扉も折戸で他メーカー含め、この頃の明石市営ワンマンカーの特徴でした。また後扉の開閉音が今のような綺麗な電子音ではなく、ホントにブザー音で「ビィ~」でした。後部の意匠はトミカ旧79番のふそうワンマンバスそのもので、エンジンルーバー内に島のように浮いたテールライトが印象的でしたね。他には548号をよく見ましたが、後年同期でこの2両より少し後に登録された「530、531号」がいたことを知りました。

 当時ふそうの割当枠は「65-00代」でツーマンカー「546号」の写真も見ていますから、スタートは「541~」辺りと思われます。「548号」の次に「549号」とならなかったのは49という忌み番を避けたのでは?と勝手に推測しておりますが、そうなると当然「542号」も欠番の可能性が高いものの定かではありません。また「550~」とならなかったのも、いすゞ枠の「64ー51~」と似たような番号になるのを避けたのでは?とこちらも勝手に推測しています。

 いすれにしましても、この当時の「兵2あ」「神戸2き」を付けた明石市営バスの写真が非常に少なく、未だ全貌解明に至っておらず、今後の研究課題です。この当時の写真をお持ちの方、情報をご存知の方はぜひともご協力お願いしたいと思いますのでよろしくお願いいたします。

 さて、547号の写真に戻りますが、正面の方向幕は「国鉄朝霧駅」と国鉄が入っているのが嬉しいところです。因みにこの路線の共同運行である神戸市、山陽電鉄共に「国鉄」表記はありませんでした。しかしながら、この数年後の年式から普通に「朝霧駅」だけの表示に変更されています。また後部には方向幕はなく、幕板には広告看板が「デン!」と構えていました。他、一般乗合と547の車体表記が帯色の朱色では無く、何故かツーマンカー用の紺色で表記されており、画像でも辛うじてお分かりかと思います。(前扉内と乗降表示横にそれぞれ表記)

 この頃、明石市営の路線車は日野といすゞが圧倒的に多かったのでふそうを見る機会も必然的に少なく、この次に路線車でふそうが入るのは最初の冷房車である'81年式となります。更にこの冷房車も西工53MCですので、’65年当時のワンマンカー導入時の全貌が不明なモノの、所謂三菱名古屋純正ボディワンマンカーのMR型は一台も存在していなかったと思われます。

2014年10月10日 (金)

ぶらり垂水と明石にて(駅前散策)…。

 先日、久しぶりに仕事の帰りにそのまま垂水・明石駅前へ行って来ました。特に明石では駅前再開発の進捗状況を記録していきたいのと、これまた久しぶりに明石焼きを急に食べたくなったこともあり、休日で家にいる家族と昼過ぎに明石で待ち合わせ、それまでに「趣味の時間」を暫し楽しんで来ました。 先ずは垂水駅周辺。

Img_3384  今回は垂水まで山陽電車を利用。垂水では暫く待って対向の列車を狙いました。ご存知阪神9300系。最後の武庫川車両製阪神電車で3編成のみです。新製当時はクロスシート再来で話題になりましたが、なんば線開業時に乗り入れ対象から外れた模様で、山陽線・阪神線内用8000系と共通運用になりました。新製以後正面連結器の改造による切り欠きくらいで外観的には大きな変化がありませんでしたが、昨年以降中間車のパンタグラフがシングルアームに交換されています。当初は大阪側9401号のみでしたが、その後程なくして神戸側9402号も交換されました。

Img_3385  上はその2両。両車ともシングルアームが確認出来ます。従来のパンタ台にヤグラのようなものを組んで取り付けているようです。また須磨浦公園辺りで屋根上を撮影してみることとしましょう。余談ですが、私は阪神電車も山陽線内で撮影することが多く、やはり風景が良いのと、ヘッドライト(本来の意味は前部列車標識だったでしょうか?)を点灯させている姿が好きだからです。(なのに、自作する電車の模型は電気知識に乏しいのが最大の要因ではありますがそこまで拘らず、非点灯車ばかり…所持する既製品でも旧いのは点かなくてもいいのです…変ですね。) 残り3本となっている赤胴8000系も山陽線内名所で撮影していきたいところですね。

 さて改札を出て、駅前周辺のウォッチングを…。

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Img_3388  圧倒的に黒色のタクシーが多い神戸市内では珍しく昔から指定色のタクシーが並び、見ていて楽しく好きな場所の一つです。田舎のポツンとしたのりばも魅力ですが、駅高架下「タクシーのりば」の看板とそこに並ぶタクシーはやはり画になります。ここにはお膝元「山陽タクシー」他「垂水タクシー」「舞子神姫タクシー」「オリエンタルタクシー」が並びます。画像上は前から「垂水」「舞子神姫」「山陽」…で、下は最近オリエンタルに入ったプリウス。ほぼクラウンコンフォートで占められていた垂水駅に新風を吹き込んだようです。

Img_3406  暫くすると、営業ナンバーを付けた真っ赤なポンチョがやって来ましたので非公式側ですが、ひとまず撮影。すぅ~と行ってしまったので、正体は分からず仕舞い。近くのマンションか施設の送迎バスでしょうか?そういえば以前も一寸変わったバスが走っていたような記憶が微かに…これも神鉄バスでしょうか?一応探したのですが事業者名は探しきれませんでした。

Img_3396  垂水駅と言えばかなり長い間山陽バス!でしたが、神戸市バスが乗り入れるようになってもうそこそこ経ちますね。今でも「垂水駅」表示の市バスは違和感はありますが、乗り入れ系統も増えてロータリーに市バス同士が並ぶこともあります。画像は958号。59系統開設当時は市バスは中型の860・861号がほぼ専用で入っていましたが、いつの間にか大型に変わっています。(前述の中型はその後松原へ転属しています)

Img_3402  上はロータリーに並ぶ山陽、神戸市とバスを横目に通過する山陽電車。このアングルを阪神電車で狙うのも良いかも?このロータリー、比較的バスの形式写真が撮りやすいです。

Img_3398  ロータリー浜側からは一般の路線バスとは別に近くの「三井アウトレットパーク」への無料送迎バスが出ています。使用車両はエルガミオが多いようです。で、やって来た4035号を何気なく見ていますと、ナンバーが新しい!何かの理由で再登録されたようですね。

Img_7663  因みにこちらは昨年3月に偶然撮影していた同じ車です。というよりもアウトレットののりばで一帯を撮影した画像に写っていた画像から車部分を拡大処理しましたので画像は荒くなっておりますが、山陽社番4035号は一応確認出来ます。

 丁度このバスが出発した頃、家族から家を出たコールがありましたので、今度はJRで明石駅へ。原形221系の快速を期待しましたが、普通の207系でした。

Img_3408  駅前東ロータリーが再開発の一環で閉鎖となり、発着していたバスものりばがそれぞれ一時的に分散しています。中でも「明舞団地」方面がかつての明石市営を彷彿させる高架下のりばになっていたのは当時を知る人間としては一寸嬉しくもありました。しかし、元々自家用車側マナーの宜しくない、路上駐車も多いこの場所でのバスの発着も苦労が絶えないと思います。近隣に駐車場は沢山あるのですから、ちゃんとそこに止めて欲しいですね。

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Img_3410  ここの画像は一応定点撮影的描写で、上から明石市バス現役の頃(’12年2月)、その下はいずれも本年夏で山陽バス5524H号(元明石市1792号)、神姫バス4358号(敢えて古参ツーステップを狙いましたが、画的には旧明石市を選んだ方が良かったかも…でした)。既にバックのビル群は消滅して更地になっています。最後は本年10月1日から閉鎖されたロータリー。この後、東側を整備してから西側ロータリーの工事に入る旨の告知もありました。

 昔の感覚でこの方向なら山陽電車の立派な電鉄明石駅舎があり、並びにはパルナスの店舗や大きな線路沿いの看板など趣もありました。また国鉄明石駅との間のタクシープールには小豆色の国際興業のコロナが沢山止まっていた頃が今でも思い出されます…。そんなことを思い出しながら、待ち合わせた家族と合流し、私も子供の頃よく連れて行ってもらったうおんたなへと向かい、明石焼きのお店で少し遅い昼食となりました…。

20141005_121028_4 (…う~ん、携帯撮影画像はもう一つうまくアップ出来ませんです…)

うおんたな内もそうですが、周辺には当時より明石焼きのお店が沢山増えていますね。毎回お店を変えるようにはしていますが、店比べをするほど頻繁に訪れていないのと、個人的にあんまりそういうのをアップするのは好きでないので、敢えてどこのお店かは触れないことにします。勿論美味しく頂きましたよ~。

2014年8月13日 (水)

少し昔の明石市営バス1(明石市営のカマボコ)

 少し昔シリーズ、明石市営も取り上げてみることにしました。明石市営(=明石市バスは車体にあったその表記からも、私は未だに明石市営、と呼ぶ方がしっくりきます。)はご存知の通り2012年3月26日で事業廃止となり現在では見ることが出来ませんがこのシリーズで、私の撮影できた古参車から事業廃止までの車両を少しずつアップ出来ればと思います。

 初回は私のバス車体の原点?にもなったカマボコからです。

63201391神戸2き63-20。(320号)'69年式日野RE100型。

 幼少の頃に強烈な印象を与えてくれたカマボコボディを載せたグループは63-20~63-25が存在しており、よく見掛ける車でした。明石市営の塗装はその昔から近年まで、朱色の帯でした。しかし、創業当時から'60年代半ばまでは青の帯で、'65年にワンマンカーが登場した際、従来のツーマンカーと識別のために朱色でデビューしています。勿論、当時まだまだツーマン運行もありましたので、車両自体は暫く朱・青の混在でした。また青もどちらかと言えば紺に近く、晩年の明石市標準塗装の青帯とは雰囲気が異なります。

 尚、明石市営は車両管理を登録番号で行っていたようで、割り当てナンバー時代から「下3桁」を車体に表記していました。後に届け出順登録の「神戸22か」が4桁になってからも暫くは下3桁の表記でした。

 明石市営は車両を長く使っており、当時でも13年選手はザラだったようです。おかげで幼少の頃見ていた車も後年カメラを持てる年齢になってからでもなんとか記録に残すことが出来ました。このグループは朱帯でしたが、ドア位置の「前中」が物語っているように実はワンツーマン兼用仕様でした。ゆえに降車釦の案内表記には「ワンマンの時…」という文言が添えられていました。しかし、通常はワンマンで使用されており、ツーマン運行されていた記憶は残っていません。とは言え、私の生活拠点から明石市営のツーマン運行路線は遠く、実際そちらで運用に入っていても分からないのですが…。(※関西地方のバスはご存知の通りワンマン化以降=前後ドアという図式が多く、子供の頃は前中=ツーマンという認識でした。)

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63204392  拙ブログ「神戸市バスいすゞカマボコ」の項でも述べていますが、この当時は車体メーカーの認識など当然なく、正面エンブレムの「Hino」マークからこのスタイルは日野なんや…という程度でした。ゆえにカマボコ=日野になっていたようです。それにしてもこのスタイル、当時の厚紙で作製していた紙製バスでも特にカマボコ部分を形作るのが難しく、しかしなんとかモノにしたい…そういった思いがいっぱいの車でした。新車の頃は当時の写真から方向幕脇にマーカーランプや側面車体下部のサイドバンパーもあったようですが、更新時に取り外されたようでマーカーランプはその痕跡が残っています。このグループも気が付けば消えていた…のですが奇跡的?に320号のみ'83年秋まで生き残り、グループ中唯一「後乗り」に仕様変更されています。(明石市営は'83年4月8日に前乗りから後乗りに変更)

 上の3枚は後乗り変更当時、まだ走っているのを見つけ、一か八かで明石駅周辺に出掛け、待ちかまえていた際に思いが通じたのか、暫くしてやって来てくれた思いでの写真です。その後この車は'83年秋の明石市営最初の西工58MC(ふそうK-MP118M型)と交代して廃車となりました。 

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63242635  こちらの2枚は'83年以前に廃車になっていた324号で、国鉄魚住駅南側に集会所か何かになって鎮座していました。これは'84年に別府鉄道を撮影に行った際、偶然発見したものですが、良い状態だったこともありジックリ拝見した覚えがあります。今ならデジカメでデティールを詳しく記録しているのでしょうが、当時はフィルムカメラであり、写真代の捻出に苦労する高校生ではこの2枚が精一杯でした。また車内の所謂「銘板」類は先客がおられたようで、一切残っておらず詳しい車両データーは不明のママです。車体の乗降表示で前乗り時代に廃車になったのがお分かりかと思います。他、後部は日野を架装した際特有の低い位置のテールライトで私はカマボコの日野テールはお気に入りでした。あっ、よく見ると後部は明石市章残っていますね…。

その後、この一帯は再開発で大きく様変わりしてしまい、かつての名残はまったくありません。さすがにこの車も無くなっただろうと思い、それから約25年後…。

632411328  いつもお世話になっている「いぶき工房」様から某所に明石市のカマボコが鎮座しているとの情報を頂き、出動したのが上の写真。お話を聞いたときは全く別の個体が新たに発見された!思っていましたが、よく検証してみるとペンキで上塗りされていたものの、車体に表記されていた番号が324と浮き上がって見えましたので、魚住に居た車と同一個体ということが分かりました。痛んではいましたが、再会できたことを素直に喜ぶこととし、この状態なら直ぐに無くならないであろう、と勝手に解釈、後日所有者の方にお話を伺おう…と思い続けて更に日数が経ってしまいました。

 そして、数年前…いぶき工房様のブログでも当時アップされていましたが、綺麗サッパリ無くなっていた、とのことでした。残念の一言に尽きますが、やはり廃車体は思ったときに早い目に行動に移さないといけませんね。

このカマボコ、他にも明石市岩屋神社近くにも廃車体としてあったという話も後年聞いておりますが、どなたかご存知の方がおられましたらお知らせ下さい。

 ではまた次回をお楽しみに…。(ボチボチ本職?の「少し昔の神戸市バス」も新作をアップしないといけないのですがねぇ~)

2014年5月23日 (金)

明舞団地50周年!

 ’64年(昭和39)に入居開始後、50年を迎えたそうです。先日三宮で神戸市西部を拠点とするタクシーが走ってきた際、リアドアに何やらステッカーみたいなものが貼ってあり、よく見ると「明舞団地50周年」と書いてありました。あ~そうなんやぁ…と思い、幼少の頃過ごしたあの界隈も半世紀が経ったことになります。  

 私は明舞団地は校区外で直接の住民でもありませんでしたが、当時近隣の団地に居住しておりましたので明舞団地界隈は生活エリアであり、松が丘公園や明舞センターなどは懐かしい思い出でいっぱいです。 そこで久しぶりに訪れてみました。但し、正確には一昨年明石市バスの最後の姿を追っかけしている際にもセンター周辺は訪れていますが、その後早くもセンター周辺の明石市側は大きく変わっており、話には聞いていましたが、昭和の雰囲気と現在のショッピングゾーンが混在する不思議な空間になっていました。

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Img_1783_2_2  50周年お知らせは明舞団地を走る会社の一部車両に貼っている模様です。(どうもマグネットシートのようでした)ここにあげた神港タクシーや舞子神姫タクシーの他、山陽タクシー、垂水タクシー、個人タクシーにも貼ってありました。

Img_1779_2  こちら神戸市側は今でも懐かしい佇まいが残っています。バックの立体駐車場は近年のモノですが、手前の建物はそのままです。2階のガラス張りの部分は確か「不二家」だったかのレストランでした。またこの棟の一階と二階を結ぶ階段部分一階にはお味噌屋?さんがあって色々な樽にお味噌がところ狭しと並べられていました。更に奥には自転車屋さん、私が必ず覗いていたおもちゃ屋さん…など賑わっていましたが、今は残念ながら二階も含め殆どシャッター商店街になっています。とは言え、昨今空き店舗スペースを使って様々な取り組みもされているようでマスコミにも取り上げられているのをご覧になられた方もおられると思います。画像の走ってきたバスは、元明石市バスで特別塗装のまま山陽バスに移籍、今でも一瞬明石市バスが来た…と錯覚してしまいそうになります。

Img_1782  こちら先の建家から南側で奥の高い建物が明舞センタービルです。手前の茶色い建物はかつては大丸ピーコック(スーパー)でこちらもよくお買い物に連れて行ってもらいました。建物下の自動販売機コーナーには当時も珍しかったのですが、最近では殆ど見ることのないカップヌードルの販売機で、お湯が出るタイプでした。また食べる際はお箸ではなく、フォークが標準だったと思います。もっとも、当時でもそれなりの価格でしたから買ってもらった事はありませんでした。手前のタクシー乗り場は変わっていませんが、客待ちの車は当たり前ながら今の車ばかりです。

Meimai13332250  さて、この界隈は道路のセンターラインが明石市と神戸市の境界というのはこの地域の方には有名な話ですが、前述のピーコック前には明石市側ショッピングゾーンと行き来の出来る歩道橋があり、道路上の看板もちゃんと明石市(左側)と神戸市(右側)の表示があります。画像はその下を地名通りの市バスが走るモノで、当然明石市廃止前の’10年の撮影で今はこの様子は見ることが出来ません。(但し、前述の特別塗装車と神戸市の離合はうまくいけば撮れるかも?)

Img_1785  明舞中央病院前を行く、神姫バス。この病院も古く、何度かお世話になっています。丁度このバスが向かう先の病院下にYMCAの施設があり、プールやミニバスケの習い事で通ったものですが、老朽化?とかで随分前に姿を消しました。 

Meimai13332491  こちらは同地点を行く事業廃止前の明石市バス。上の画像と比べると「くれない橋」が再塗装されたくらいであまり雰囲気は変わっていないように見えます。しかし画像に写っていませんが、バスの右側にあった商業施設の駐車場スペースが綺麗に消え去り、コンビニとその広い駐車場に変わっていました。こちらがわの歩道もアスファルトに変わっています…。

Img_1789  こちら明石市側商業スペース。バス停前は長い間、広場で噴水もあり夏は盆踊りなどが催されてました。画像右側手前は私が居た頃に「明舞プラザ」という施設が開業しました。この中にもおもちゃ屋さん?があったように記憶しており、当時この界隈では珍しかった鉄道模型を取り扱っていたように思いますが定かではありません。(TOMIXの貨車を買ってもらったような気がするのですが…) 明舞プラザの看板は今般見あたりませんでしたので、施設名が変わったのでしょうか?

 

Meimai17872247_2  これは上画像の再開発前の様子。これも明石市バス事業廃止前のスナップです。もっと昔から明石市バスも撮影していたのですが、当時は車両撮影が主であったため、こういった後年定点撮影に使用できるカットがありません…。

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Img_1790  もう半世紀になりますが、私が知っている頃からでも40年超えています。その頃から変わらない風景…いつまで続くか分かりませんが、幼少の頃に慣れ親しんだ場所と共にまたふと訪れてみたくなる…そんな街です。最後に施設内で見掛けた記念事業ポスターを撮影しましたので貼っておきます。

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