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2016年9月30日 (金)

淡路交通鉄道線廃止から半世紀…

 今日9/30は兵庫県は淡路島で島の鉄道として知られていた淡路交通鉄道線の廃止された日でした。(1966年)残念ながら私は廃止後にこの世に産まれましたので、乗車体験はおろか姿すら写真でしか知りません。最近になってネットやら趣味誌で同鉄道線の足跡がかなり発表されるようになり、当時を知らない私はこれらの情報を楽しく拝見させて頂いております。また同社のバスもひとまず30年近く前から一時期を覗いて撮影してきたのは以前にも述べたとおりで、何かしら昔から気になる会社でした。更に鉄道模型もやっている関係で、いつかは16番スケールで同社鉄道線の車両も手にしたい…と思っており、昨年に史料館で淡路の鉄道展(だったでしたか…)を見たことをきっかけに、自作車両と以前入手したキットで少しづつ製作を進めています。今回はそれらの話題でざっくり進めていきたいと思います。

◎鉄道線廃止跡(下加茂駅跡)  

 前述の通り、同社鉄道線の足跡は書籍・ネットなどで次々発表されているので、それを元に散策されている方は私だけでは無いと思います。なので全線に亘る内容はそれらの詳しいサイト様などをご参照頂き、こちらではまだネットが普及する前に辛うじて撮影出来た線路跡を一ヶ所ですがご紹介したいと思います。この場所を教えて頂いたのは、地元の洲本(すもと)市で中華料理店を営まれていた、Y氏なのですが同氏は淡路島にやってくる観光バスの写真を取り集めておられ、そのことが縁で何度もお邪魔するようになり色々なお話の中で「実は鉄道時代の跡がまだ何カ所かあり、ハッキリ分かる場所がある」と言うことで連れていって頂いた時の物です。

Simogamo388

Simogamo389  時は1994年初頭で、旧下加茂(しもがも)駅跡です。上の写真はプラットホームの跡もハッキリ分かりますね。下はそのホーム跡端付近から南向き線路跡を覗いた様子です。なだらかなカーブが線路敷を彷彿させます。

Simogamo390  こちらは旧駅と同名のバス停です。上の写真の反対側から見た角度になります。バス停奥にホーム跡が見られます。右の砂利道が線路跡。そして…

Img_0139  こちら2015年12月撮影の同じ場所です。ご覧のように約20年で綺麗なまでに足跡が消え去り道路幅が広がったこともあって一寸分かり難くなっていますが、なだらかなカーブと道路左奥の白い住宅は上の写真の頃からありますので、それで判別出来ます。'94年当時、この線路跡砂利道は途中までしか車で行けない…だったかで確かめてはいませんが、今年に入ってからこの道路を突き進みますと、かなり先まで進めました。と言いますか、それだけ線路跡が整備されてしまった…ということになります。実は先にご紹介したY氏、この駅で旧阪神電車600型が停車している写真をお持ちで、それを見せて頂いたことから「ここへ行ってみましょう!」と言うことになり、後年その写真も頂いたのですが、今回はまだ転載許可のお話をしていないため、掲載していませんがいずれまたご紹介出来る機会もあろうかと思います。

 他、別の場所で旧鉄道車両(小型客車)を活用した倉庫も撮影しているのですが、一寸ネガが探し切れていないので今回は見送りました。これもまたの機会に…。

◎で、淡路交通の模型車両

 この失礼ながらマイナーとも言える、同社の鉄道車両が所謂皆さんのよく見られる模型メーカーで製品化されるわけもなく、自作は必須と思っていました。製作に選んだのは旧南海車改造+淡路オリジナルのモハ1003+モハ2009と旧阪神電鉄のモハ609+610です。モハ1003の2両の方は得意?のペーパー製で進めていましたが、旧阪神の方はありがたいことにNEXT製のキットが入手出来ました。実はこのNEXTの社長さんは私の趣味の旧い知人、イヤ師匠とも呼べる方で、まだ学生自分から何も知らない若造にバスのこと、鉄道のこと、そして模型のこと、時には人生相談と実に四半世紀に渡りお付き合いさせて頂いております。そのような関係ゆえ、このキットもありがたいことに箱やラベルなど特別製にして頂け、感謝感激です。(記事化にあたり、社長さんには特別製キットということでのアップ許可を頂きました)先ずはいささか手前味噌ながら、ペーパー自作中のモハ1003+2009の様子を…。

Img_9947  モハ1003。旧南海の卵形車両をそのイメージを残して半?鋼体化した車両です。久し振りの方眼紙で車体を作っています。またリベット付き車体なので、千枚通しで貫通させないように先を押しつけてリベットをそれらしく作りました。(あくまでもそれらしく…です)

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Img_9954 一通り組み立て、正面窓下の鋼板部分はリベットをそれらしく突いた別の紙を巻いて、サフェを吹き付けました。

Img_9980 しかし、リベット表現がややオーバースケールになっていることが気になり、結局この部分を派がして、一回り小さい表現に直した物を再度貼り付けました。上の写真がそうですが、あんまり分かりませんかね?(笑) 同時にオデコ部分も紙・パテ・瞬間接着剤で形にまとめて、成型していきますが、まだこの辺りで止まっています。この後はこの車両の特徴でもあるダブルルーフの工作が待っています…。

Img_9978_2  続いてモハ2009。こちらはケント紙系の紙で、セコセコ窓を抜いていきます。この写真では一寸分かり難いですが、実は初めて「二段窓」表現を試みています。

Img_9981  この2両は現在この状態…。下廻りや屋根廻りのパーツは揃えているので、早く進めていきたいところです。

Img_0133  続いてNEXT製特製キット!他の資料書籍と共に…のカットですが、最初はこの車両も自作を考えていたところ、同社製キットのラインナップで出ていることから、社長さんに在庫確認の上、このラベルの状態で納品されたものです。

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 最近各社で製品化されているレーザーカットのモノで、窓が抜けている…とうのは精神衛生上も大変宜しいことで、こちらも一通りのパーツは揃えましたのでキットを活かした良い作品に仕上げていきたいトコロです。さて、キット内容も申し分無いのですが、何より私にとって「手書きの説明書」が大変ポイント高いです。と言うのも、それこそネットが普及する前に模型関係で色々ご教示頂いていた際、当時の文明の利器は「FAX」で色々絵図面などが「ジジッ」と送られてきていたのですが、上の絵図面がまさにその頃を思い出す懐かしい説明書なのです…。(^^) これからも素晴らしい製品の登場を期待したいと思います。

 最後に、鉄道車両の廃車体は今回アップ出来ませんでしたので変わりに'94年当時に撮影したバスの廃車体をアップして終わりにしたいと思います。

436810_2  この当時、島内にはまだまだ同社の'60年代後半~'70年代前半の廃車体も残っていたのですが、2000年代まで相次いで消滅。またいずれ、それらの廃車体にもスポットを当てて、アップ予定です。尚この個体も再訪していませんが、現存しているかどうか分かりません。'79年式、BU15D-川重。('88年3月廃車)

2015年9月10日 (木)

淡路交通の希望ナンバー車に於ける考察

 相変わらず代替の早い淡路交通ですが最近あちらこちらで中古が導入されるようになりましたね。

さて、同社は一時期希望ナンバー取得になりました。これに関しましてあくまでも推測ですが、次のように考察してみました。

 '98年5月から先行地区に選ばれ登録開始された「神戸200か」は翌99年~00年掛けて400番台に達しました。(因みに「姫路200か」のスタートは1年遅い)死や苦しみを連想させる「4」を「9」を忌み番と捉える事業者も多く、車両管理を登録番号で行っていると思われる同社では敢えて「400番台」を避けて新しい制度となった「希望番号」で500番台にしたのでは?と考えています。同社99年式車が通常払い出しの300番台なので、400を飛ばして500~と考えるのが自然ですが、一頃同社の貸切車にも社内番号?と思われる番号が付番されており、それも500番台でしたので、同社では「5」が良い番号、として捉えられているかも知れません。またこれは余談ですが、割り当てナンバー時代も「神戸2き」では「55-00」番台、更に下2桁40番台は欠番でしたので、この頃からそういった流れはあったようです。(「兵2あ」でも前期は1500~1700番台ですが、後期は50-01~でした)

317364  画像は「神戸200か」で3桁最後の新車通常払い出しのグループと思われる300番台のエルガミオ(99年式、KK=LR233J1) ’99年12月、福良車庫にて。

500362  こちらは希望ナンバートップの「神戸230あ500」以下3両。’00年式、で型式は同上。現在はいずれも神姫バスに移籍しています。 '02年12月、宇山車庫にて。(公道より)

 この後暫くは希望ナンバー500番台で下2桁を年式で分けて登録していますが、高速路線用・路線用で番台は分けておらず、年式内でまとめています。しかしながら、下2桁40番台は欠番としているのはやはり忌み番と捉えても良いのではないでしょうか?ただ、気になるのは50番台も見あたらず、次の年は560~になったと思います。私は希望ナンバーはあまり興味が湧かない方なので、この頃の淡路交通は真剣に見ていませんでしたので、抜けがあるかも知れません。50番台を希望で取ると、「555」は抽選対象なので、分類番号が「神戸200」になり平仮名も変わります。ナンバーマニアでなければそこまで拘らない…とは思いますが、50番台を外したのは、そう言うところもあったのか?と勘ぐってしまいます…。(あくまでも私個人の推測ですよ~:笑)

593363  こちらは今のところ希望ナンバー最終年と思われる、'02年式のエルガKL=LV280N1。年式毎に番台繰り上がりということで欠番がありはしたものの、500番台も終焉に迎えたのかどうかは分かりませんが、’03年からは通常の「200か」となり11-00番台の登録となっていますね。しかしながら既にこの年式はおろか、’05年式辺りも中古で流れているのはビックリです。

2015年4月29日 (水)

昭和最後に入った神戸近辺の新車のバスたち(神姫・山陽・阪急・淡路)

 今日4/29はかつて天皇誕生日でした。平成の世になってからは「みどりの日」と改称され、現在はご存知の様に「昭和の日」と再改称されていますね。しかしながら「昭和の日」という呼び方はオッチャン世代には未だシックリこなかったりします。(私だけかな?)

 そんな余談はさておき、その昭和最後の年である63年(1988年)末に導入された神戸近辺の大型路線バスをちょこっとだけ取り上げてみました。尚、昭和は翌64年にも掛かっていますが、1月7日まででした…。

◇神姫バス

3461891  神姫バス昭和63年、88年式の大型ふそうは最初に3月の3450号に始まり、次いで7月の3451~3455号、そして画像のグループ3456~3461号が11月に入っており、ふそうMPは神戸ナンバーエリアのみでした。この頃の神姫の新車は、側面のボディ広告がすぐに行えるように?その部分が白抜き塗装でした。勿論、この姿は広告がペイントされるまでの間ですので、新車に近い頃にしかお目に掛かれませんでした。型式はP-MP218Mです。

◇山陽電鉄バス

2856893  山陽電鉄のこの年の新車は1月の1850・2853号、6月の1851・2854号、9月1852・53号、そして画像の2855・56号とコンスタントに2両づつ入っており、いずれもP-LV218Lです。画像も新車の頃で、まだ正面に山陽電鉄の社章が輝いて(黒色ですが;…)います。

◇阪急バス

Hankyu4218894  阪急バスはご存知の通り、神戸ナンバーエリア以外にも広がっているため、大阪/京都が私は研究対象では無かったため何月にどれ、という切り分け紹介は出来ませんのでご了承を…。画像の88-2193号(この頃は導入年表記もありました)は2194号と共に12月に登録され、2193号が清和台、2194号が猪名川だったと思います。型式はいずれも神姫バス同様、P-MP218Mでした。同じ型式ながら上の神姫バスと仕様を比較してみるのも面白いです。

Awaji4219895  最後は淡路交通の4219号、P-LV314M(湊車庫所属)です。今回ご紹介する社の中では唯一社内番号を持っておらず、登録番号で管理されています。(一時期貸切は社内番号らしき表記を持っていました)淡路交通のこの年の路線新車は3月の4021~4026、4032~4036号と画像のグループ、4219~4223号が12月に入っています。4224~4229号も淡路交通の同形式ですが、翌平成元年登録のため年度内同期ながら元号が変わり別の世代に感じられます。尚、画像の車はまったくの偶然ながら昭和64年1月7日の撮影です…。

 以上駆け足ですが、昭和最後の神戸近辺新車をお届けしました~。