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国鉄・JR Feed

2016年7月 1日 (金)

土山駅今昔(駅前風景・別府鉄道・山陽バス・ルミナス交通・・・等)

 先日、あの元伊丹市営の前後ドアエルガが神戸ナンバーで再就職!いう噂を聞きつけ、移籍先のルミナス交通の送迎用途を見に土山へ出動しました。土山と言えば、古くから鉄道ファンである方は「別府鉄道」をすぐに思い浮かべられるでしょう。幸い?私も廃止時のみですが、撮影に訪れていましたので、ホンの少しだけですが当時の様子も織り交ぜて、レポートしてみます。当日はいつ雨が落ちてもおかしくない曇天で、バスの顔などが少々ブレた画像になっていますが、先ずは第一目標の送迎バス関係から…。

◇山陽バス

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Img_3554_2  最近はその存在もファンにかなり知られている、ノーリツ特定車軍団。ツーステオンリーだった頃から代替が少しずつ進み、当日見ることが出来たツーステは1989・1992号の2両のみでした。他は旧明石市の5422B、と先頃特定落ちとなった1201号がやってきました。今は結構バリエーションがある時期でしょうね。またツーステはホントに終焉近いと思われます。

◇自家用系

 近くの川重とその系列?会社でしょうか、同じ時間帯に中々興味深い自家用送迎車が数台確認できました。

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Img_3529_2  いずれも自家用だけにトップドアのツーステ(に見えます)で、エルガは短尺も見掛けました。最後の西工はちょっとビックリで、最初いすゞかと思いましたが、フロントに「NISSAN DIESEL」とバッジが付いていましたので車体形状からRA273MAN辺りでしょう?

◇ルミナス交通

 立ちんぼを始めてから30分ほど経って、お目当ての車その1がやって来ました。

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Img_3532_2  塗装から元のイメージが容易に想像できますね。この色合いから神戸市バスにもエルガツーステが入ってれば、下半分はこんな感じなんだろうな・・・。と勝手に妄想。(笑)こちらもノーリツ特定らしく、希望ナンバーで「イイフロ」とうまいゴロ合わせですね。伊丹には2台ありましたが、これは後ろの号車の様でした。(2002年式、KL-LV280N1)

Img_3545_2  こちら、お目当てその2です。存在は知っていたモノの、西二見界隈でもなかなか出会えず、今回漸くお目に掛かれました。元中日臨界らしい・・・、と噂されています。車体形状からKL-UA452MAN辺りでしょうか?先の自家用と言い、これと言い西工大型、関西人なので贔屓目に映ります。やっぱり格好良いですわ!

◇たこバス

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Img_3525_2  明石市内のコミバスとして運用開始してからもうだいぶ日も経ちますが、初期の車がボチボチ置き換え対象になってきたようです。上はルミナス交通の200系ハイエースで希望ナンバーです。下が今般新車投入された山陽バスの4642A号です。リエッエの代替でポンチョになりました。

◎昔の土山駅と別府鉄道

 でもって、'84年1月の様子です。

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050891_2  上2枚は土山駅。オープンデッキのハフ7にはさよならの横断幕が掲げられていました。廃止後、元の所有車である相模鉄道へ里帰りしています。国鉄(現:JR)土山駅にはまだ新しかった113系が少し雪化粧して停車していますね。この湘南色の113系、京阪神区間では「快速」ですが、明石以西は普通になるのは今も変わりません。一番下は別府鉄別府港駅だったと思いますが、かわいいDB201です。当時、あまりローカル私鉄は真剣に撮影していなかったので、この時も近所ゆえ出かけましたが、これ以外にも数枚撮影しているものの、もっと沢山撮っておればよかったと、毎度ながらの後悔をしております。別府鉄道の車両はこの近く、播磨町の郷土資料館と園長寺駅跡の公園にも保存車がありますので、興味のある方は覗いてみて下さい。

Img_3551_2  なお、別府鉄道は今でもその名を残して「別鉄タクシー」を営業しています。行燈の特徴ある社紋がその証です。

◎現在の土山駅周辺

Img_3557_2  こちら、上の113系が止まっている画像の位置に近い位置(と思う)から撮った今の様子。駅舎自体が大きく近代化されて面影は僅かしか見出せません。跨線橋の位置が変わっていなければ取り敢えず定点撮影になります。

Img_3559_2  こちら、旧来からの山側の様子。と言いましても私は当時、こちら側の記録をしていなかったため、比べることが出来ません。

Img_3561_2  しかしながら、この国道から駅へつながる道は、いかにも嘗ての駅前商店街といった雰囲気が十分で狭い道の両側に所狭しと商店や住宅が並んでおり、手前には結構大きな「自転車預かり所」も健在しており、利用者もかなりおられる模様です。

Img_3560_2  そんな佇まいを北進する神姫バスの24070号。ここ土山で見た神姫バスは中型ばかりでしたが、やはりこの界隈を走行するのには使い勝手も良いのでしょうか。

 土山のことを知らない人間が書いていますので、周辺の様子などで記述違いなどがありましたらお知らせ頂けましたら幸いです。

2016年3月13日 (日)

東京見聞録:2012、02その3(鉄道編)

  東京から帰って早や一ヶ月。月日が経つのは早いモノです。今回はホントに一寸だけの鉄道編です。

 仕事での移動は行程上殆ど京浜東北線と地下鉄(メトロ)だったので、一応メトロ各線の車両も眼にすることが出来ました。01系や初期の05系も「古参」と言われているような感じで確かにあまり見掛けませんでした。そんな中、東急8500系が今回も元気な姿を見せてくれて少しばかり嬉しかったのでした。

Img_1604_6  上は乗車した車両。さすがに地下鉄線内ですので、こういった写真しか撮れませんが、それはそれでまた思い出です。良いですね昭和の電車。車内も少しだけ撮りましたが、昨今は盗撮を疑われるので、注意せねばなりません。難しい時代です…。あっ撮影駅名失念した…。

 そして今回気になったのはJR東京駅で見た185系の原色。少し前まではあまり好きでは無かったパッチワークみたいな配色で写欲が湧かなかったのですが、私の世代で原色となると「撮り」でしょう!「踊り子」号で何度か見れるようでしたので、到着前に合わせてホームへ赴き、難なく撮れることが出来ました。

Img_1660  いやぁ、良いですね~。クハ185-8~の編成です。185も当時の200番台の塗装よりも私は断然こっちですね。また地元117系と共通設計が多いのも親近感が湧きます。尤もそれがこちらでは特急らしくない、特急車両…みたいですが。

Img_1662  編成後ろはパッチワークみたいな田町色(だったでしょうか?)と併結でした。こちらはクハ185-6~です。もう少し原色のラインを入れて撮るべし、でした。ホームで発車待ちの間はモハのあの「ブロワー音」が!そうです、かつての国鉄電車の音です。しかしながら、現代のホームを行き交う電車ではあのような音はしないので、昔の電車は結構五月蠅かったんだなぁ…と言うことを実感しました。(笑)

Img_1668  でもって暫く居ると、当たり前ですが最新の特急型もやってきます。E657系…私、趣味的に既に付いて行けていません…。確か「ひたち」号だったかと。

Img_1667  ザ!東京駅、という光景ですが、中央線が重層化されてからもう結構日が経ちますよね。この後今回は話題のE233系を少しばかり堪能することとして京浜東北を使い、導入されて間もない南武線車両を見に川崎へ。

Img_1760  川崎ではこんな並びもしょっちゅう見れるのですね。私は通勤電車はJR西日本よりラインカラーで色分けしている東日本車の方が好みです。それにしても、E233も東海道線色いつの間にか増えてますな。

103333701  川崎と言えば、103系をかなり追い掛けているときにも来ていまして、この時も南武線の旧い目の車両目当てでした。上のE233系写真と構えたホームは違いますが、撮影方向(横浜方面)は同じのハズです。隔世の感があります。写る車はクハ103-333他で、横に南武線もチラッと写っていますね。'93年12月1日撮影。

Img_1749  ホームで並ぶ兄弟車。昔の103系の色違い並びを彷彿させるような気がしています。

10398703  こちら同じ時の南武線。川崎では南武線車両は今一撮りにくい印象でしたので、少しばかり乗って矢向で狙った覚えがあります。こちらはクモハ103-98他で、この時は低運クモハ編成を朝ラッシュ時狙いに来ました。良いですなぁ、昭和の電車…。(笑)

 最終日の自由時間にこちらも撮れれば良いなぁ…と狙っていた山手線のE235系。聞けば不具合調整で乗車は出来ない様子。それでも試運転で走っているらしい…という情報で東京駅で暫し待つことにしました。一周分の1時間待っても来なければ諦めるつもりで気軽におりますと、30分ほどやって来ました。但し、立ち位置では外回り離合車と思いっきり被られたので、こんな写真が精一杯でした。

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Img_1782   でも見れた、撮れただけでもラッキーです。現在では再び営業運転に入ったようですね。

205704  こちら'91年の東京駅、立ち位置は大体同じトコロですが、現在は中央線重層化で現密には全く同じとは言えないと思います。この後アキバの鉄道模型中古ショップへ向かい、JRで一番よく乗ったE233系1000番台が良い感じで並んでおれば購入しようと決めて向かったのですが、なんと良い状態のモノが10両セット(トミックスの基本・増結で3ケースのばら売り)があったのですねぇ~。さすがにそれなりの中古価格で、少しだけ考えましたが当然定価よりも大分安かったので、自分へのお土産にレジへ…。

Img_0013  帰宅後翌日には全車インレタ貼り込み、パーツ取り付けと私にしては凄く早い作業で、早速試運転まで漕ぎ着けたのが上の画像。かつての209系京浜東北線もトミックス製品で揃えていたので、また併走させることにしましょう。それにしてもNゲージのセットモノなんて買ったの何年ぶりでしょう?(笑)

2015年11月29日 (日)

少し昔の川重にて…1

 短文・呟き系SNSで意外にも皆さんの関心が高かったネタでしたので、改めてこちらでもアップしていきます。但し、このネタはカメラを持ち、撮影を始めた'80年代後半中心で'90年代以降に至っては、バス中心となりあまり新型鉄道車両に眼を向けていなかったため、テーマ毎連番(笑)もそんなに進まずに終焉を迎えると思われます。(笑)

 尚、撮影場所につきましてはここをご存知の皆さんがよく撮られている、工場を横切る有名な公道…と言いますか踏切がありますのでそこからのアングル、若しくは柵越しであり決して工場内無断立ち入りをしてはいませんのでご理解宜しくお願い致します。また、全国各地の車両形式全てを当方網羅しておらず一部説明不十分及び、ネガ劣化により色調がおかしい画像もありますのでご了承下さい。

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001203  先ずは記念すべき私専用カメラで撮影しているネガ第001号の中から…。'81年2月で丁度ポートライナー営業開始の頃です。勿論ネガの中にはそのポートライナーも収まっています。さて、画像上は国鉄のカナリアイエロー103系及び185系、下は京急800型、札幌市6000型?が写っていますね。カナリアイエローは撮影時期から考えますと、福知山線電化開業用でしょう。この時は例の踏切をまだ知らず、あちらへ行けばもう少し面白いモノがいたかも知れません。

012530  こちらは翌'82年2月。上の画像から一年後ですが国鉄中央快速用201系です。車号はクハ200-20です。当時川重ではこのオレンジ、カナリアイエロー、地元京阪神緩行用のスカイブルーとカラフルな201系が断続的に見ることが出来、特に前2色を地元で見ることが出来たのは良かったと思います。また方向幕は「新宿」で、ここで見る国鉄首都圏向けの電車は何故か「新宿」を表示しているのが多かったですね。

013567  続いて同じく'82年2月ですが日付違い。117系ですが中京向けと思われます。奥には京急も見えます。中央には海外向け(米国でしたか?)の地下鉄が中央快速用201系と並んでいますね。

015609  第1回最後は国鉄電気機関車のEF641033号です。この位置で結構良いアングルですが、これでパンタが上がっておれば…、とは無理なお話ですが、後ろの183系?と共に、懐かしい写真です。

 件の短文・呟き系SNSでも話題を頂きましたが、これらの車両殆どが現役を引退している…とのことで我ながら歴史を感じさせる画像たちです。またこうして昔のネガを整理していますと忘れていたことも思い出したり、撮影当時の記憶や世間の様子(流行っていた音楽や歌謡曲等…)も思い出されます…。それだけ私もオッチャンになっているのですね~。

ではまた~。

2015年10月14日 (水)

今日は「鉄道の日」でしたね。(その昔の鉄道開業110周年記念号…)

 今では「鉄道の日」と呼ばれている、10月14日もかつては「鉄道記念日」でした。これは旧国鉄系に由来するもので、ず~と「国鉄・JR系」ではイベント開催やら記念切符が出ていたと思います。それが今や、私鉄各社もこの月間にはイベント関係も目白押し!になっているのはご存知の通りですね。

 過去のネガを見ていて、私が数少ないイベント列車を撮影していた分をご紹介…。

元々スーパー鉄道マニア(今で言う撮り鉄…←私はこの表現あまり好きではありませんが…)では無かったので、「どこそこでイベント列車が走る!」と言っても遠方まで出動しようという気はありませんでした。まぁ、一番の理由はお小遣いから交通費捻出が難しいから…ですが、それが「近所」となると一寸行ってみたくなるのものでした。

 時は1982年10月10日、東京(だったかな?)から神戸(だったかな?:笑)まで団体専用列車がやってくる…という記事を新聞で見て、時間も確認せず昼過ぎから神戸駅に出動しました。この頃は入場券時間制限も無かったので、ホームで適当に列車を撮影していましたが、一向にやってくる気配がありません。廻りにポツポツマニアさんらしい面々が揃う頃は夕刻となり、お目当ての列車が来る頃は辺りは暗くなっていました…。(笑)

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024206  先ずは時間が来るまで適当に?撮っていた列車たち。こんなアングルの写真でも懐かしい車両たちで私としては撮っておいてよかったなぁ…。と思っております。上からEF65F、同Pです。一番下は急行たじま、キハ65 81他です。キハ58系急行車にポツンと1~2両程度入っていたキハ65も好きでしたね。そうそう、コンパクトカメラなので、走行写真はブレブレです。更に暗くなると「フラッシュ!」…記念列車も含め、乗務員さんゴメンナサイ。今なら御法度ですが、私も中学生の時でそう言った事情も知らずこの時は廻りの大人もみんな焚いてました…。

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024210  そして、すっかり日が落ちた頃、記念号はやって来ました。この時の廻りの様子は、と言うと今みたいにロープで区切った殺伐としたホームでもなんでもなく、ご覧のように撮り放題なくらい空いていました。EF58は好きでしたが、皆さんと違って私はノーマルが好きな人なので「茶色」で少々残念でしたが、それでも立派なヘッドマークに感動し、マーク単体もピンボケでしたが収めています。また珍しく表示器も撮影、「パタパタ」が懐かしい~。でもって14系客車の後部テールマークも期待したいのですが、なんとまさかの白表示…。これはショックだったのを覚えています。

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024216  その後、後からやってきたキハ28 2310他の急行「みささ・みまさか」も撮影。私にしては大変珍しく、「サボ」も撮っています。それにしてもこの頃は色んな列車が走っていました…。

 この日はこれで引き上げ、翌日上る列車を今度は場所を変えてトライしてみました。

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024223_2  この日は須磨-塩屋間ですが、有名トコロお立ち台は既に人が多くて、線路脇路地のへんぴな場所で落ち着くことにしました。さすがに確かここは誰もいませんでしたが、静かに撮影できてよかったです。ここで適当に撮っていた中から数カットを。上からEF58の引く荷物列車とEF60の一つ目貨物。58荷物は当時よく見て撮影していますが、60の一つ目はもう少なかったですね。一番下は朝の通過駅の多い列車線走行の113系快速ですが、方向幕が何故か湖西線。この頃こんなイレギュラー表示は結構見られました。コンパクトカメラ&中学生の走行写真と言うことでこの程度です。(流し撮りすら満足に撮れない…笑)

024224  最後はお目当ての列車。場所柄当然正面がちになりますが、ドキドキしながら撮影して写真を焼いてみますと、ちゃんとピシッと来てるではありませんか。(勿論自分なりに…ですよ~)いつもお目当ては緊張して失敗が多かった中、満足のいく出来でした。(自分なりに…)

今にして思えば、前日は神戸着が真っ暗だったので、大勢のファン諸氏は翌日のこれを狙っていたのでしょうね…。(笑)

2015年5月22日 (金)

アリイの103系

 先頃、お世話になっている模型屋さんから注文していたネコパブのホビダス発売、旧アリイ(現マイクロエース)製造の復刻?103系中間車が届き、引き上げてきました。

Img_8005  これは知る人ぞ知る、16番(HO)スケールでその昔の「中村精密(ナカセイ)」の製品がルーツである国鉄103系シリーズの末裔…とも言うべき製品で特に中間車の近年の再生産?は初めてでは無いでしょうか?今回はそのナカセイ→アリイ→ホビダスの流れを簡単に自己流に見ていきたいと思います。

Img_8003  これがそのナカセイ時代のラインナップです。モハ102がラインナップされていないのとクモハ103が高窓ATC(この当時は準備車)だったのが不思議ですが、Nゲージも含め当時はこんないい加減、いえ大らかな商品も多かったです。私は元々Nゲージスタートでこの世界にはまりましたので、この製品を知ったのは80年代後半でしたが、まだ当時地方を散策した際の模型店には普通に置いてありました。また103系が好きなため、16番に転向(といいながら結局Nも並行でした)後に順次揃えていきました。私はプラモ世代ゆえ、この手の製品に抵抗が無くNゲージャーだったこともあって、当時の16番=金属!といわれる方々とは少し考え方が違っていたのも購入に至った結果だと思います。

Img_8004_2  画像はモハ103で模型でもこの車両が動力車で、モーター入りです。プラキットながら当時の「鉄道模型」っぽい収め方や外箱に好感が持てました。また車体成形色はウグイス色と呼ばれる所謂山手線色しか見たことがありませんが…。

Img_8012  手持ちの旧い「TMS」鉄道模型趣味誌の中で’78年9月号(No364)に同社のカラー広告がありました。

Img_8013  該当部分をアップしてみました。それによりますと「各色発売中!」と謳われています。私の知っている(所持)製品は後期のモノなのでしょうか?ご存知の方はお知らせ下さいませ。

 さて、その後この製品はいつの頃が覚えていませんが、有井製作所から鉄道プラモデルとして廉価となり、またしても店頭に並ぶようになりましたが、今度はプラモゆえ、模型屋さんだけでなく。スーパーや本屋さんのオモチャ・模型コーナーにも並んでいた記憶があります。(当時の本屋さんはプラモを扱っているところも多かった)このリニューアル?ともいえる時に金型が少しいじられたようで、クハの顔つきが変わって、更に待望の?「モハ102」がラインナップに加わりました。しかし、通常の電池/モーター走行仕様の動力車はやはり高窓ATC(当時は準備車)顔のクモハで、1両でも先頭車で遊べるように…という配慮だったのでは?という話が有力です。

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Img_8002  これは増結用単品群の小箱?でモーター車のクモハ103意外は少し小振りの箱で確か中間車は当時¥800でした。各車型、成形色が路線毎に用意されていましたが、ナカセイの広告にあったエメラルドグリーンは外れています。勿論当時、このタイプの常磐線カラーは今で言うウソ電になってしまいますが…。(笑)またこのシリーズは本格的な鉄道模型も視野にいれていたのか「鉄道模型入門」というパワーパック、レール、車両4両(クハ2両、モハはユニットの2両)という豪華なセットもラインナップされており、憧れの模型で少年期は買えませんでしたが、後年社会人になってから購入に至っています。他、この鉄道シリーズは103系以外にも485系やブルートレインも同じような展開であったのはご存知の通りで、ブルートレインのみは現在も比較的再生産も掛かり、パッケージが変わりながらも流通しております。

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Img_8008  こちらはアリイ製品の作例です。京浜東北の10両(6+4)を本製品とホビーモデルの初期型中間車との組み合わせで製作しておりますが、恥ずかしながらもう何年も完成に至っておりません…。下はモハ102で車体は中間車共通ゆえ、ある程度変化を持たせるならモハ102の場合ルーバー追加、サハにするならルーバー削除が必要になります。

Img_7996  こちらはアリイ製(左)とナカセイ製(右)の様子。アリイ製は塗装後、並びにジャンパ栓をパーツで追加してあります。パット見、前照灯パーツがナカセイ時代はクリアパーツ挿入が、アリイになってからはモールドで塗装により色入れとなります。

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Img_7997  正面下部細部を見ますと、ステップ、手摺り、尾灯の造形が違いますね。個人的には上段アリイの方が好みではあります。

Img_8010  こちらはシリーズ旗艦商品であるクモハ103。でもボックスアートは当然「クハ103」です。昔のプラモにあった迫力のあるイラストならパンタ付クモハ103になっていたかも?ですね。で、下は2~3年前に突如?再生産された同車。この時はマイクロエースブランドになっています。¥2300前後で少々お高くなりましたが、時代背景から致し方ないでしょう。しかし、ボックスアートが復活せず、何故か近年の写真です。ゆえに既に消滅しているカラーリングはCG?か手書き彩色かで化かしています。遠目では一見分かりませんが、細かいところに元色が残っていたり、なんと言っても「編成札」でバレバレです。因みに写真の青は「総武線」、山手用緑は「京葉線の橙」がベースの様です。他に黄色、橙は一応そのままかと思います。

 さて、私は先の京浜東北以外にも、気軽に長編成の103系が揃えられる魅力から、もう長年機会ある毎に入手を続けていましたがさすがに中間車は今となっては出物も少なく、あの頃は投げ売りワゴンセールもよく見たのに…、と嘆きながらネットオークションで当時定価の何倍かで購入したりしています。そこへ今回のホビダス商品のアナウンス!模型店からお聞きして、その定価価格(税込みで¥6000弱)に少しばかり躊躇しましたが、不足している中間車のみひとまず注文、購入に至りました。さっそく開封したのが下の画像です。

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Img_8007  尚、成形色は「白」で新鮮ですが、一旦薄いグレーなどを吹いた方が透け防止で良いかも知れませんね。他のパーツ自体は当時の製品と変わっておりませんが、軟質プラパンタと車輪など一部「鉄道模型」として相応しくないパーツは欠品(最初から入っていない)となっていますが、これを活かそうという人間は、同梱されていても使用しないと思いますので、当然といえば当然の選択でしょう。また新規作成のステッカーも同梱されておりますが、車体表記はそれぞれのカラーに車番が印刷された感じでここだけは「プラモデル」化しております。しかし、「橙」用がありません。何故でしょうかね?この価格が適正価格かどうかは分かりませんが、市場にほぼ存在しない中間車が入手出来たのは、ひとまず良かった…と思うしかありませんね。やっぱり…。(笑)

 そんなわけで、また新車が入線したのですが、これを機に止まっている製作を再開しないと!と誓った1日でありました。

Img_7994  最後は各時代の代表ラインナップ。尚、工作部屋にはこのシリーズの倍以上の車両が竣工を待って静かに寝ています…。ではまた!

2015年2月 3日 (火)

あれから20年…。その2-1(代替バスJR編:少し昔の明石市営バス3)

 代替バスの写真をゴソゴソしていますと、明石市営バスも出てきましたのでひとまずアップします。

 同市営は山陽電鉄の代替バスでも活躍しており、文献の写真から路線バスを使用していた模様ですが、こちらの方は残念ながら当時撮影していないまま終わりました…。JR代替バスでは私の確認できている限りでは今回ご紹介する貸切車を使用していました。

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Akashi931  画像は上からNo3(神戸22か26-41、’82年式:K-RU638AA)、No4(同29-19、’83年式:K-MS615S)、三代目?No1(同50-88、’92年式:U-RU2FTA)となります。明石市の貸切車は地味な存在ながら、個性的な車が多く特に他ユーザーも含め圧倒的にふそうが多かった兵庫の貸切車では珍しく日野や日産デが存在していました。

 恐らく当時在籍していた貸切車は殆どこの代替輸送に廻されていたと思いますが、この3両の写真が今回出てきました。No3とNo1は日野純正車体ですが、No4は西工C-1車体です。メッキグリルが決まっていますね。それにしても貸切車なのに、整理番号が「4」というのは大胆だと当時思いました。余談ですがNo5は同じ西工C-1ですが、日産デRA52Tでした。

 尚、この当時は路線車同様クリーム/朱帯でしたが、No1のセレガのみ晩年は貸切車専用塗装135°カラーに変更されました。(他の2両はそれ以前に廃車)この135°カラーはその後路線車の1791、1792号に施され、山陽バスに移籍した現在でも事業者表記等の変更はありますがそのままの姿を纏っています。

 今回は予定を少し変更してお送りしました。

2015年1月29日 (木)

あれから20年…。その2(鉄道代替バス:JR編)

 このシリーズ、2回目からは鉄道代替バスの写真を取り上げてみます。とは言え、毎度ながら撮影した車を並べているだけではありますが、暫くお付き合いの程…。    

 今回はJR線の代替バスです。分割民営化されたとはいえ、さすがグループ同士で近隣のJR中国バスが目立ちました。記憶に間違いが無ければ赤い九州のバスも来ていた、と思います。今回、写真が中国車の一部しか見あたらず、ひとまずそれの写真から…。

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Jr920_2  上は国鉄カラーを色濃く残す534-9906号、下は被災したそごう前を行く新塗装の534-6956号です。どちらもエアロスターMですが、下の6956号はMP618Mとメモしていました。上の9906号もMクラスだとは思いますが、こちらでは詳細不明です。さすがJRだけに「鉄道代行」幕が活きていますね。

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Shinki923_2  続いて神姫バス。神姫バスはJR代替で一番よく見掛けた会社で、様々な大型バスで対応していました。この3枚は三宮周辺です。上は特高車の3436号(’88年式、P-MS725SA)です。反対車線には神姫路線車の他、名古屋阪神観光、国際興業観光、隣には京阪バスの姿も見え、沢山の会社が応援に来ていました。中は被災した神戸市役所を遠目に三宮交差点を行く、5658号(’91年式、U-HU2MLA)です。下は国道2号線生田川辺りで、震災臨時専用レーンを行く2573号。(’79年式、K-MP117M)この2573号は代替バス使用後、同年6月頃廃車になっており、最後の活躍中の姿でもあります。

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Shinki926_2  続いて住吉駅にほど近い東灘区内の様子。上は4763号(’82年式、K-RC381)です。神姫は昔から日野路線車は短尺車で導入されており、当時の神戸市バス日野車と同じ型式です。次は5761号(’92年式、U-HT2MLA)を先頭に団子運転で国道を西進する日野HT軍団。こうして見てみると、代替バスは日野路線車が目立ちますが単に私が神戸市内、それも市街地を走る神姫の日野車が珍しかったゆえ、カメラを余計に向けていただけかも知れません。神姫の最後は名物、パノラマワンマン2611号!(’80年式、MS513RA改)さすがにこの頃はパノラマも廃車が進み、数を減らしています。尚パノラマはこの’80年式が最後です。この車も先の2573号と同じ頃に廃車されており、最後の活躍だったようです。

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Shinki928_2  震災代替バスは路線タイプだけでなく、ご覧のように貸切バスも総動員されています。勿論、市内観光需要も当面無いに等しかったと思いますが…。上は姫路観光の’91年式、U-MS726S、下が帝産観光の’92年式、U-MS729Sです。この帝産のように使用事業者によってはスーパーハイデッカー使用も見られ、利用者としては代替バス利用は不便ながらもこういったバスに当たった際は「今日は良い車に当たった!」等という声もありました。

 次回は阪急電鉄代替バスを予定しています。

2015年1月17日 (土)

あれから20年…。その1(鉄道関連編)

 毎年この時期は震災関連のニュースが話題になりますが、あの阪神・淡路大震災から早や20年が経とうとしています。当時、私の居住地域は幸い大きな被害もなかったのですが、廻りには大変な思いをされた親戚・知人・友人が何人もおられますので、私が震災体験を語るのは正直気が引けるのですが、当日は以下のような出来事でした…。

 …揺れが収まって少し明るくなってから、周囲の焦げ臭い臭いや街の方で見えるいくつもの黒い煙や飛んでくる灰で大変なことが起こっている!と感じ、市街地に住む友人へ電話をしましたが全然繋がらない…。心配になってそのまま所在を確かめに行きました。勿論電車も止まっていたので、車で…でしたが既に停電により信号機も消えており、あちこちの交叉点は凄い状態で諦めて引き返し、原付バイクで赴きました。目指す家までの間に見た光景は…いつも知っている家々やお店が潰れ、燃えて…と言う状況で、まともに視界に入りませんでした。

兎に角何とか辿り着いたモノの、友人宅は全壊で人の気はありませんでした。周囲を探し回って、近所の公園に避難していた処を見つけ、無事を確認してから、一旦自宅に戻りましたが電気が開通してからのテレビ映像を見て愕然としました。あちらこちらの凄まじい映像の中から、勤務先の施設が壊滅状態で映っており、「会社潰れた…。この先どうなる…?」と思ったのは私だけでは無かったと思います。

 当然、先ずは生きるための生活、仕事が最優先で、趣味なんぞやっているヒマも無く、それよりも気が滅入って、趣味関係は暫く何も手つかずでした。しかし、少しずつですが、やっぱり何か残しておかなければ…と思い始め、いつもの倍以上掛かる通勤時間の途中や身辺が比較的落ち着いた頃からカメラで撮影をしはじめました。

 今回はその中から鉄道関連の写真です。上記のような状態から「取り敢えずいつもと異なる行先を撮っておいた」的カットが殆どと言うのと、各社の動き詳細も記録できぬまま今に至る訳でその辺りを詳しくお知りになりたい方は、関連書籍、または当時の鉄道雑誌をお探し頂ければ…と思います。更に撮影日詳細のメモも殆ど取っておらず、「記録」と言う割にはお粗末な出来です。また通勤経路の関係上、対象が限られておりますがその点お含み頂ければ幸いです。尚、当時、基本的に被災物件は撮影しておりませんが、背後に写っている場合もありますので、ご了承下さい。

◇JR(神戸線)

 六甲道駅が大きく被災しこの辺りもかなりの被害が出て、近くの親戚宅も全壊しました。暫くしてからの運行形態は西からは「灘」、東からは「住吉」で折り返していました。当時JRで東方面へは全く足を伸ばしていませんので、西方の様子しか撮影していませんのでご了承を。

Jr891  鷹取駅入駅中の201系普通神戸行き。この駅は上りは操車場を挟んで一番山側に仮ホームが設置されていました。操車場にはバラの電車や貨車などが取り敢えず線路上に並べられていた感じでした。JRは通勤ではあまり利用していませんので、あとは別に赴いた以下のカットくらいです。以下の撮影はいずれも’95年3月、須磨~塩屋間にて。

Jr887  207系灘行き普通。先頭はクモハ207-1004。

Jr888 201系12連による下り快速。この当時、上りはこの編成を普通として運用、折り返しは一部ホーム長の関係で快速運用としていたそうです。

Jr889  113系による灘行き快速。当然この当時はこの系列も沢山走っていました。大目玉が懐かしいです。先頭はクハ111-5138。

Jr890  また快速では115系も一部混じっていました。私の行動範囲では115系はお目に掛かれないので、この頃115系は珍しく映ったモノです。先頭はクハ115-6113。

この後、4月中には一足早くJRが開通、私鉄利用者を一挙に…という事象になりました。

◇阪急(神戸本線)

 こちらも西宮北口以西に被害が集中し、西方からは当初御影(みかげ)までだったと思います。また三宮付近で取り残された車両が地上に降ろされた様子も偶然撮影出来ました。

Hankyu879  行先表示は折り返し表示ながら、実際の運転区間のものを作製し、表示していました。

Hankyu880  こちらは夙川(しゅくがわ)行き。既に全線開通予定日のヘッドマーク付き。この辺りのPRは阪急らしいと感じます。8001号編成で’95年6月撮影。

Hankyu877

Hankyu878  こちらが通りがかりに遭遇した、車両回送準備作業。兎に角白昼に電車が道路上に佇む姿には驚きました。

◇阪神(本線)

 阪神間で一番被害が大きかったと思われる阪神。阪神は西側は当初岩屋、後に西灘仮駅まで。東側は当初青木(おおぎ)、後に御影までとなりましたが、西灘~御影間の崩壊が激しく、工期が掛かった模様です。また全線開通も一番遅く、6月下旬となりました。

Hanshin882

Hanshin883  西側は取り残された2編成の青胴と山陽電車が担当していました。また行先方向幕も「岩屋」「西灘」は無いため、わざわざ非方向幕車用の差し替え式行先看板を新調しています。東側でも「青木」は無いため、方向幕は「御影」を表示し、紙で「青木」を補足、後に簡易看板(円板)シール式で「梅田-青木」と表示していました。

Hanshin884  西側は全線開通の数日前、赤胴に変わりました。これは線路が開通、試運転が可能になって以後、今までの青胴を整備するために交換されたモノです。よって方向幕は「普通」で青胴が使用していた差し替え式行先表示看板を使用しています。因みに神戸高速線は大開駅が崩壊していたため、山陽方面からは西代まで、東からは新開地まででした。

Hanshin881  阪神でも石屋川車庫で被災した車両を運び出し、白昼道路上に電車を留置しておりました。実際の運搬は昼間だったのか、深夜だったのかは阪急も含めて私は知り得ていません。

◇山陽(本線)

 山陽線は当初神戸市側に被害が集中し、徐々に延伸復旧しましたが、板宿(いたやど)-西代(にしだい)間は地下工事中だった同区間の工事完成により6月中に開通となりました。しかし神戸高速線を介しての乗り入れは前述通りその先の大開駅復旧を待たねばなりませんでした。

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Sanyo893  どちらも西代行きを表示した普通車。上の初代アルミカーは今も現役ですが、下の2300系は既に過去の車両になってしまいました。どちらも’95年6月、上は姫路、下は明石にて。

◇神戸市(西神線)

 こちらも地下部分の構造物被災が大きく、当初は西神側からは板宿まで、その先は市バス臨時系統を利用せよ!という案内だったと思います。その後徐々に復旧するにつれて延伸していますが、被害の大きい駅は通過扱いでした。

Kobecity894 方向幕に「板宿」が無いので(通常折り返す便は無く、設備も無い)紙かアクリルボードに「板宿」を印刷、表示していました。列車は板宿到着後旅客扱いを終了、折り返し設備のある次の新長田まで回送していたと思います。

 ざっと拙い記憶と僅かな写真を基に述べてきましたが、誤り、思い違いなどあるかも知れませんので、お気づきの点は適宜フォローして頂ければ幸いです。

2013年8月19日 (月)

113系(朱帯車)

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少し懐かしいカラーリングの113系。と言っても、画像は晩年のローカル向けですが、この編成は京阪神快速仕様の様に5000番台化もされておらず、未だに関西線快速色といった方が私にはしっくりきます。幼い頃お出掛けの際、大阪環状線内で見掛けたヘッドマークを掲げたこの電車はブルーライナー新快速と共に随分格好良く感じたモノです。ブルーライナーに対して、レッドライナーと呼ばれていた?記憶もありますがあんまり浸透していなかったような気もします。もっとも、神戸在住の身としての私はブルーライナー=153系新快速であり、贔屓目も強く阪和線快速色の113系は「マネしとる」と子供の頃は思っており、同じ113系特色でもこちらの方が好みでした。

Nゲージでも当時トミックスが製品化しており、車体は1000番台の塗り替え仕様で少々不満ながら湘南色とこの快速色を6両ずつ時間を掛けて揃えましたが、後年その1000番台仕様に納得がいかず結局手放しました。逆に16番(HO)ゲージでは中古ながらカツミ製で6両集めています。

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画像の編成は写真裏のメモからクハ111-268+モハ113・112-170+クハ111-435となっています。画像上が京都駅でのクハ268、下が園部駅での435で268は下り向き300番台からの方転改造車です。また最近出版された「111・113系物語(福原俊一氏著:キャンブックス)」を早速購入、読みふけっておりますが中の掲載資料から、435は'95年10月にクハ111-827に改造とのことで、この編成を撮影したのが同年5月であることから、この後暫くして編成を解かれ改造されたことになります。

画像の編成、窓ガラスのHゴムは黒色ながら大目玉でタイフォンもスリットタイプと「原型」とも言えるこの顔も大好きでしたが、さすがに現役車両ではもう残っていないのでしょうね…。

2013年7月13日 (土)

新快速ブルーライナー(模型):その2

ここのところ、模型を触るようにして少しでも仕掛品を減らす努力はしていますが「焼け石に水」かも知れません。

さて、所有するTOMIXブルーライナーの連結相手に「KATO製クハ165を改装中」と以前話題に出しましたが、実車で晩年見られた湘南色との混色編成も再現したく、別途調達していたクハ165が先に出来ました。といっても、完成品ですから屋上機器、その他パーツを取り付け、車番などインレタを貼り込むだけなので、ものの1時間ほどで完成です。但し、連結器が異なるためそのままでは連結出来ないので、KATO製クハをTOMIXのカプラーに交換しています。これはKATOのカプラーを外した後、床下カプラー取り付け部の突起を切削すればよく、そうすればTOMIXのカプラーがパチン!と気持ちよくはまります。

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で、本題?のブルーライナー塗装のクハ165は塗装剥がしを終えて、漸くサフェ吹き状態で手摺り装着まで済みました。この手摺り、材質の関係で普通の塗料はのりにくいので、某かの処理をせねばなりません。行きつけの模型店店主様のアドバイスからガイアの「マルチプライマー(ミッチャクロン)」がよいとのことで早速塗ってみました。いよいよ本塗装間近です。

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